◆雨の日も風の日も、66年いつも変わらず立ち続けた――生徒たちのあの日の思い出
お礼の会の1週間後となった3月28日は艶子さんの91才の誕生日。そして彼女が購買部を引退する日でもあった。新聞やニュースなどでそのことを聞きつけた同校の卒業生たちは、購買部に立つ艶子さんに一目会いたい、挨拶したい、と長蛇の列を作った。
この日は火曜日ということもあって、会社を休んで千葉県松戸市から艶子さんに会いに来た卒業生の刈谷裕一さん(仮名・37才)が寂しそうに話す。
「ぼくにとってこの購買部は、いつでも戻ってこられる場所。おばちゃんは当時新聞をよく読んでいて、ちょっとトイレに行くからって言って、ぼくらに店番を頼んでいくんですよ。その間にパンとかを買いに来た生徒にぼくらが売るんです(笑い)。お金を預かるのを任せて行っちゃうんです(笑い)。でもそれがなんだかうれしくてねぇ。無条件に信用してくれているってことがね。
パンとか買いに行く場所なんですけど、おばちゃんに愚痴ったりもしてましたね。気軽に話せることで気分転換にもなるし、それが目的になっている部分もありました。いつでも立ち寄れる場所が学校内にあるって、幸せなことですよね」
2年前に同校を卒業した石川由香さん(仮名・20才)にとって、艶子さんは恋愛相談にものってくれる、頼もしい人生の大先輩だった。
「私は購買部で勉強したりしてたんですが、おばちゃんには恋愛相談したこともあって。好きな人に告白するかどうか悩んでいたときに、『ちゃんと好きっていう気持ちは伝えなくちゃいけないよ』っておばちゃんが背中を押してくれました。告白したら見事に振られて笑っちゃいましたけどね。
そんな話って、なかなか親にできないのに、おばちゃんにはできていたんですよね。おばちゃんからは褒められることはあんまりなくって、怒られることの方が多かったんですけど、でもそれが全然嫌じゃなかった。私の高校時代の思い出は購買部にあるんです」
在学中に野球部だったという下川良夫さん(仮名・29才)も、艶子さんに怒られた記憶がある。
「試合に負けるとよく怒られました。慰めの言葉なんてなくて、『何で負けるんだ。勝たなくちゃダメだ』って言われるんです。いつも椅子に座って野球部の練習を見てくれていたから、調子がいいとか悪いとか、怠けているとか、ちゃんと練習しているとか、全部見られていましたから(苦笑)。普段褒めてくれないから、おばちゃんが認めてくれるときはとにかくうれしかったですね」
下川さんは卒業後も定期的に艶子さんに会いにきていた。