しかも空中戦で味方の編隊とはぐれれば、帰りはたった一機です。コンパスだけが頼りの洋上飛行です。厚い雲に覆われている時は目印になる島さえ見えません。角度や位置を間違えればラバウルには戻れません。敵襲からの注意を払いつつ、勘だけを頼りに千キロも離れたラバウルに戻らなければならないのです。こんな出撃が週に四回も五回もあったというのですから、いかに体力に恵まれている二十代の搭乗員でも、体力が持つわけがありません。
本田氏はラバウルからの帰路、横を飛んでいる零戦がすーと高度を下げて落ちていくのを何度も見たと言います。搭乗員が疲労困憊のあまりに眠りに落ちているのです。
零戦には無線がありません。隣で飛んでいても。彼を目覚めさせる方法がなにもないのです。「起きろ! 目を覚ませ!」と怒鳴っても通じないのです。
本田氏自身も帰路、強烈な睡魔に襲われたことは数知れないとおっしゃっていました。この時、本田氏のとった行動は凄まじいものでした。出撃の時にドライバー(ねじ回し)をポケットに入れておき、睡魔に襲われると、それで太ももを突いて目を覚ましたというのです。しかし何ヵ月も経つうちに、少々の力で太ももを突いても目が覚めず、その時は、ドライバーで皮が剥けるくらいに突くのだそうです。
ところが連日の出撃が続くと、やがてそれでも目が覚めなくなるといいます。その頃には太ももは何度も突かれて傷になっています。その傷口にドライバーの先をねじ込んで、初めて目が覚めるというのです。
聞いているだけで、鳥肌が立つような話でした。同時に、本田氏が「搭乗員の墓場」と言われたラバウルで生き残った理由がわかりました。
※井上和彦氏・著/『撃墜王は生きている!』より