年代的に、この撮影者が生きている可能性は低いだろう。たとえ撮影者を見つけられなくても、これらの写真がどこで撮られ、その時の状況がどうだったのかを知りたい──そんな欲求に駆られた。

 80年前の日中戦争を撮った作品が、現代の戦争取材をライフワークとする私の手元に届いたことに奇縁を感じた私は、戦争関連の資料を所蔵する防衛研究所史料閲覧室、靖国偕行文庫、陸上自衛隊衛生学校などに足を運び、書籍や資料を買い求め、戦史に詳しい研究者に協力を依頼した。当時の建物が数多く残る上海に行き、撮影された場所を歩き、中国人識者や上海在住の日本人にも話を聞いた。

 そうして、これらの写真が撮られた場所が、上海市内の共同租界(※注2)、上海郊外の激戦地だった宝山とその周辺、そして上海と南京の間に位置する蘇州や常州であると判明した。

【※注2/日本のほかイギリス、アメリカなどが共同で管理した外国人居留地。上海には別にフランス租界があった】

 写真を見た日中の専門家たちは、「これは第一級の戦争資料だ」と口を揃えた。また、一部ネガが抜き取られていたホルダーに「南京」「中山門」と書かれているのを発見。時期を考えると、撮影者は陥落後の南京の写真を撮ったが、その後、何らかの理由でネガを抜き取ったらしいことが窺える。かつてこのアルバムに収められた「南京」の写真には、現在もベールに包まれる日中戦争の“真実”が写されていたはずだ。

◆「南京」につながる道

 アルバムの写真には、日本陸軍3個師団の上陸地点だった呉淞(ウースン)の砲台、迎え撃つ中国軍の拠点だった宝山城、激しい渡河戦の舞台となった大小のクリーク(運河)、そして中国軍のトーチカや塹壕など、生々しい戦場の跡が写されている。これらは、1万人を超える日本軍将兵が死傷した上陸作戦の痕跡だ。

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