「今日はねぎを刻んでうどんを煮て召し上がりました」
と、ヘルパーさんから初日の連絡。でも日を追うごとに、食材や調味料が足りない、食べたくないなどと言い出し、早々に自炊計画は頓挫。どうもIHが壁のようだ。
「火が出ないのよ」
「それがIHのいいところ。もう前髪も焦げないし!」
「料理している気がしないの。スイッチも見当たらないし」
IHの長所である火が出ないことやフラットな操作パネルが、母の意欲を上げるどころか消沈させてしまっていた。ヘルパーさんに監督されてIHと格闘し、ひとりぼっちでうどんをすする母の姿が目に浮かび、胸がチクリと痛んだ。
「昼ご飯も食堂にしようか」
「そうだね!」
待ってました!とばかりの明朗な二つ返事。
「…料理やめちゃうの?」
「うん」
母がついに50年来の“主婦”の看板を下ろす。いや下ろさせてしまったのだと、絶望的に落ち込む電話の向こうで、「みんなで食べるほうが楽しいじゃない。ここの食堂のご飯、結構おいしいのよ」。
がっかりしているのは私だけだった。母は自分の主婦人生が終わったなどとは思っていない。むしろ三食上げ膳据え膳になったことを心から喜んでいるのだ。家族にご飯を食べさせることが女の小さな幸せと自負する私は、若干の不満を隠しながらつぶやいた。
「50年もご飯を作ってきたんだからもういいか。神様からの老後のプレゼントだね」
「うん、そうだよね!」
おかげで母はこの3年で、みるみるふくよかな体形を取り戻しつつある。
※女性セブン2017年9月14日号