広島市から車で約30分。四方を山に囲まれた盆地である熊野町では、江戸時代から筆づくりが行われている。
「もともとは農村地域でしたがそれだけでは生活が苦しくて、奈良方面から筆や墨を仕入れて売ることで収入を得ていました。江戸後期には、広島藩の工芸推奨により、筆づくりが始まり、奈良や有馬(兵庫県)から職人を招いて若者に技術を教えることで、筆づくりが盛んになっていったのです。今でも筆産業に携わる人が、人口の約1割に上ります」(熊野町地域振興課の石田裕さん・以下同)
昭和初期までは書筆(しょひつ)を作っていたが、戦後、生産量の落ち込みからチークやパウダー用の化粧筆に着手。肌ざわりがよく、高品質と評判だ。
「熊野筆が世界から注目されるようになったのはここ20年。ハリウッドで活躍するヘアメイクアーティストのかたが愛用していたり、2011年に国民栄誉賞を受賞したなでしこジャパンに副賞として贈られたことも大きいですね」
そこから熊野筆の需要が高まり、熊野筆のことをもっと知りたいという声が急増。今では筆づくりの現場をこの目で見ようと多くの人が町を訪れている。
筆はすべて手作業。工程は書道用で70、化粧用で30もあると、筆の製造販売を行う『晃祐堂』社長の土屋武美さんは言う。
「筆づくりは毛の選別から始まります。これがいちばん難しい。中国や北米から輸入した山羊や馬、羊などの毛の肌触りを職人が1本ずつ確認し、品質の良いものを選んで丁寧に毛並みをそろえていきます。毛先は自然な形を生かしているので、ふんわり仕上がり、肌に当たってもチクチクしないんです」
職人の丹精込めた技は、今、世界で認められている。
※女性セブン2017年11月23日号