かねてより気になっていた大原三千院や鞍馬山に行ってみたという話から、「とらや」はもともと京都だったと話題が移って「仙台・白松がモナカの栗羊羹が美味しい」という話に跳び、さらにエノケンが飼っていたトラ、修学旅行での渡月橋の思い出、森鴎外の「高瀬川」まで、自在に広がる随談は40分近くに及んだ。まさしく「マクラの小三治」健在である。
もちろん落語もやった(笑)。小三治定番の「悪事で名を残した者は少ない」という泥棒のマクラから「落語のほうに出てくる泥棒は……」と入っていったのは『転宅』。浜町の妾宅に押し入った泥棒が度胸の据わった女にまんまと騙される噺で、間抜けな泥棒がこの上なく可愛い。三代目金馬や五代目小さんも手掛けた噺だが、僕にとっては完全に「小三治の演目」だ。6月にも日本橋三井ホールで聴いたが、何度聴いても飽きない。
77歳の人間国宝、完全復帰。ホントによかった!
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『僕らの落語』など著書多数。
※週刊ポスト2017年11月17日号