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危険ドラッグ業者 仮想通貨の普及で再び暗躍の兆し

 かつて、危険ドラッグは禁止に指定される化学式から逃れるため、新たな規制がされるたびに成分を変え続けた。利用者にとっての快適さよりも取締りを逃れるためのマイナーチェンジを繰り返したすえ、一吸いしただけで即、死に至るような恐ろしい薬物に変化していった。その結果、日本全国で、危険ドラッグ使用者による事件事故が増え、死傷者が相次いだ。池袋でのRV車暴走事故からまだ3年しか経っていないにも関わらず、同じような悲劇が繰り返されるのか。

「禁止されている”指定薬物”を使った危険ドラッグが再び販売されていますが、これはまだ危険ドラッグが厳しく規制される前に販売されていたバージョンに似ているもの、らしいんです。危険薬物ではあっても、事件や事故が頻発した時のバージョンよりはマイルド。業者も”いくらなんでも即死するようなものは作らない”と言っているようですが……」(前述の事情通)

 規制逃れのために顧客の命を脅かす商品はつくっていない、などというとんでもない詭弁を盾に再び危険ドラッグ業者が暗躍している。”責任感”という言葉すら理解できない彼らが作るものは、バージョンがどうというレベル以前に、得体の知れないものであることは間違いない。

 危険ドラッグを摂取することで、人体にどんな影響が出るのか、今なお医師すら正確には把握できていない。たとえば毒蛇に噛まれて病院に担ぎ込まれた場合、蛇の種類がわかれば治療方法がわかる。ところが危険ドラッグの場合は、使用によって病院に担ぎ込まれても、原因の成分が判然としないため医師は対処のしようがなく、目の前で人間が野獣のように暴れ回ったり、あるいは他人に襲いかかるのに対処するのが精一杯。医療の専門家からみてわけが分からない謎の毒物、これが「危険ドラッグ」の正体なのだ。

 今回の川崎での逮捕劇も、押収量とその金額のみが大々的に報じられたが、世間への注意喚起としては不十分すぎるというほかない。危険ドラッグは使用者だけでなく、周囲の人、無関係な人まで巻き込み不幸にさせる。そんな現実を、わずか数年前には嫌というほど見てきた私たちだが、もう忘れてしまったのかもしれない。


 関東信越厚生局麻薬取締部が公開した、川崎市での危険ドラッグ密造・密売グループ摘発の映像では、どこにでもある木造二階建て住宅に、大量の危険ドラッグの原料、遠心分離機や大型攪拌機、油圧式プレス機、大型扇風機が置かれていた。この事件では、その規模の大きさと、取引に仮想通貨が使用されていたことが、クローズアップされている。今回の事件から垣間見える、再び蔓延しようとしている危険ドラッグの罠について、ライターの森鷹久氏が迫った。





* * *
「ついに」なのか「やっと」というべきなのか……。

 関東信越厚生局麻薬取締部が、所持や販売が禁止されている薬物を製造・販売したとして、23歳から76歳までの男女8人を今年9月に逮捕したことがわかった。3年かけて摘発した密造・密売アジトの様子が11月に公開されたが、その規模の大きさには捜査員も驚いたという。リーダー格の男性によれば、2013年ごろから危険ドラッグの販売を始め、月に三千万円程度の売り上げがあった。

 容疑者らが製造拠点にしていたのは、神奈川県川崎市内の住宅街にある一軒家。ここから、危険ドラッグの元となる化学薬品約180キロ、同じく原料となるハーブ(草片)約1.6トンが押収された。これらは末端価格にして30億円以上になり、違法薬物の押収量としては「国内最大規模」(捜査関係者)なのだという。

 また、筆者の調べによれば、ネット上に現存する「危険ドラッグ販売サイト」大手のうちの一つが、容疑者らによって運営されていた。大手サイトは捜査員や当局の目につきやすく愛好者らのコミュニティでは以前から「危ないのでは」と噂されていたため、今回の大規模摘発も大きな話題になっており「ついに逮捕されたか」などの声が上がっている。

 拙著『脱法ドラッグの罠』(イーストプレス、2014)でも詳報したが、当時から、危険ドラッグの製造はいかにも人工物をつくりそうな工場よりも、住宅街の一軒家や郊外の倉庫など、非常に身近なところで製造されていた。

 1990年代半ばから日本でも販売されていた危険ドラッグだが、2014年6月、危険ドラッグを吸引したドライバーによる暴走事故が池袋で発生し7人が死傷し社会問題に発展した。以後、危険ドラッグ使用者による凄惨な事件・事故が頻発し、当局による厳しい規制の結果、販売店舗はほぼ壊滅。主に中国などから持ち込まれていた危険ドラッグの原料も、水際作戦によりほぼ流通がストップし、薬物ユーザーらの「大麻回帰」も問題視されるほどだった。ところが最近、再び危険ドラッグが世に蔓延しようとしている。

「危険ドラッグは再び”合法ハーブ”として、ネット上で頻繁に取引されています。もはや当局の規制などお構いなし。所有や販売が禁止されている”指定薬物”入りのハーブもガンガン売ってる。作る側、売る側が開き直ったようにも見えますね」

 こう話すのは、以前筆者が取材した元「危険ドラッグ販売店」関係者の男性だ。男性は2012年頃まで、都内で複数の危険ドラッグ販売店を経営していたが、取締りや摘発の圧力を感じ、すべての店を畳んだ。以来、ドラッグ絡みの商売は一切やっていないというのだが、かつて取引をしていた危険ドラッグ製造工場関係者から最近「またハーブを扱ってみないか?」と打ち明けられたというのだ。

「以前は危険ドラッグの販売は店舗がほとんどでした。規制後はネット販売も行われてきたけど、全部潰された。でも今は、ネットで販売しても”足がつかない”方法があると言われました。海外のサーバーや匿名化技術を使ったり、Bitcoin(ビットコイン)などの仮想通貨を決済手段にすれば、ほぼほぼ身バレの心配はない、と」

 今回、川崎市で摘発された過去最大規模の危険ドラッグ密造・密売グループによる販売サイトも、ビットコインでの取引が可能なものだった。

 海外には、捜査当局から「発信者開示請求」などの要請があっても完全に無視を決め込んでしまう、遵法意識の低いサーバー運営会社が存在する。例えば、わが国と国交のない南アフリカの小国にあるサーバー上にホームページを開設すれば、日本当局が業者に接触したところで、先方が捜査協力してくれることはまずない。

 また「Tor(トーア)」と呼ばれる通信システムを使えば接続経路を匿名化できるので、情報の発信元を辿ることが事実上不可能になる。同じように、匿名で決済が可能なビットコインなどの仮想通貨を使えば、ドラッグをはじめとした違法物のやり取りだけでなく、ブラックマネーの資金洗浄ですら、今すぐ、簡単に行うことができてしまう。海外の仮想通貨取引所には、身分証の提示を求めずに口座を開設させている業者もあるからだ。

 この「ほとんど身バレの心配がない」技術が使えるようになったために、またもや堂々と、ネット上で危険ドラッグ販売を行う連中が出てきたというのだが、では今回逮捕された業者は、なぜ身バレしてしまったのか。事情通が明かす。

「今回逮捕された業者は、大手販売サイト”X”の運営者です。ホームページを海外のサーバーに置くなどして、表向きは運営がどこの誰か、全く見えなかったが、購入した人物がパクられ、支払い履歴などから身バレに至った。取引すべてが仮想通貨になっているわけではないですからね。今はまだ、銀行振込や代引きなど、足がつく方法で販売しているサイトもありますが、いずれすべての決済は”仮想通貨のみ”になるはずです。そうなれば、リスクは送付手段だけ、という事になります」

 かつて、危険ドラッグは禁止に指定される化学式から逃れるため、新たな規制がされるたびに成分を変え続けた。利用者にとっての快適さよりも取締りを逃れるためのマイナーチェンジを繰り返したすえ、一吸いしただけで即、死に至るような恐ろしい薬物に変化していった。その結果、日本全国で、危険ドラッグ使用者による事件事故が増え、死傷者が相次いだ。池袋でのRV車暴走事故からまだ3年しか経っていないにも関わらず、同じような悲劇が繰り返されるのか。

「禁止されている”指定薬物”を使った危険ドラッグが再び販売されていますが、これはまだ危険ドラッグが厳しく規制される前に販売されていたバージョンに似ているもの、らしいんです。危険薬物ではあっても、事件や事故が頻発した時のバージョンよりはマイルド。業者も”いくらなんでも即死するようなものは作らない”と言っているようですが……」(前述の事情通)

 規制逃れのために顧客の命を脅かす商品はつくっていない、などというとんでもない詭弁を盾に再び危険ドラッグ業者が暗躍している。”責任感”という言葉すら理解できない彼らが作るものは、バージョンがどうというレベル以前に、得体の知れないものであることは間違いない。

 危険ドラッグを摂取することで、人体にどんな影響が出るのか、今なお医師すら正確には把握できていない。たとえば毒蛇に噛まれて病院に担ぎ込まれた場合、蛇の種類がわかれば治療方法がわかる。ところが危険ドラッグの場合は、使用によって病院に担ぎ込まれても、原因の成分が判然としないため医師は対処のしようがなく、目の前で人間が野獣のように暴れ回ったり、あるいは他人に襲いかかるのに対処するのが精一杯。医療の専門家からみてわけが分からない謎の毒物、これが「危険ドラッグ」の正体なのだ。

 今回の川崎での逮捕劇も、押収量とその金額のみが大々的に報じられたが、世間への注意喚起としては不十分すぎるというほかない。危険ドラッグは使用者だけでなく、周囲の人、無関係な人まで巻き込み不幸にさせる。そんな現実を、わずか数年前には嫌というほど見てきた私たちだが、もう忘れてしまったのかもしれない。

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