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なぜトヨタは先端技術を持ちながら純EVを量産しないのか

 現在、航続距離が400km、500kmといったロングレンジをうたうEVも出てきているが、あくまで新品のスペックでバッテリー容量をフルに使っての台上計測での話。実際にある程度の長距離走行を連続でこなせるのは、テスラの大容量電池パック搭載車など、ごく一部のプレミアムセグメントモデルにとどまる。それでいて価格はきわめて高いのだ。

 充電網も今後、足かせになる可能性がある。今日、日本では日産自動車がディーラーに積極的に急速充電器を置き、それらを安い月額料金で使い放題にするといった策を打っているためあまり意識されないが、急速充電器の収益は現状では最悪だ。

 経済産業省のリサーチによれば、急速充電器1基あたり数十万円/月の赤字になっているという。これをサスティナブルなものにするためには「EVの台数を大幅に増やして稼働率を上げ、利用料金を30分あたり1000円にすれば収支が均衡するかも」といった有様なのだ。

 EVへの普及策やエンジン車の規制を打ちだす国が世界で増えているが、ドイツの部品世界大手関係者も「社会全体が文化、ライフスタイルのチェンジを迫られること、インフラ整備、コストなどの現実を見据えた議論はほとんどなく、空想に酔っているところがある」と危惧するほどなのだ。

 その実情を見るに、今EVビジネスに積極的にならなくても、電動化技術やEV作りのためのサプライチェーンをがっちり構築していれば慌てる必要はないというトヨタの判断は妥当と言える。

 が、EV化は世間が考えているようには急激に進まずとも、EV販売をビジネスの条件として突きつける中国やカリフォルニア、CO2規制で事実上電動化へのシフトを強制する欧州のような国や地域が増えるにつれ、後退することはないだろう。

 そのなかで、技術の方向性や規制の妥当性などについての発言力を持つという観点では、トヨタはEVに対してあまりにも消極的すぎた。

 たとえばCO2排出量のカウント。大パワーの高級車やスポーツカーであってもプラグインハイブリッド化すれば、実際にはCO2がダダ漏れ状態であっても環境規制には通る。そんな規制は間違っていると世界に対して主張し、相手を納得させるには、自分自身がEVのメジャープレーヤーであることが絶対だ。

 しかるに、トヨタはハイブリッド技術可愛さのあまり、純EVをないがしろにしすぎた。数年前、トヨタのEV開発陣が「少なくともウチではEVについては当分いい話はないと思います」と落ち込んだ表情を見せていたことからも、内情は推して知るべしである。

 本来、高い電動化技術の実力を持ちながら、技術レベルで劣る相手から急に包囲網を敷かれ、正直、浮き足立ちもみられるトヨタ。もちろん中国でEVを一定割合で販売するよう義務付けられたのに伴い、それに対応するクルマを開発するといった策はすでに打っている。

 が、それだけでは足りない。ハイブリッドカー作りで得られた知見を生かし、トヨタが満足できるような性能には満たなくとも、EVとして画期的と言われるようなクルマを、固体電解質リチウム電池など次世代技術の完成を待たず積極的に出せるかどうか。

 今、トヨタが意識すべきはありきたりの正論を言い続けることではなく、われわれの技術をもってすればこのくらいのことができるということを市販車の形で見せつけ、やっぱりトヨタが最大のキープレーヤーだったというイメージを回復させることだろう。

●文/井元康一郎(自動車ジャーナリスト)

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