「師匠の土方が五十七歳で死んでるんです。同じ歳に自分がなろうとしていると思ったら絶望的になりました。『俺、まだこんな奴なのか』と。それでいろんなことに嫌気が差している時に映画の話が来たんです。
最初は驚きましたが、『そういえば先生、映画が好きだったな』と思ったら、ひょっとして先生が『やってみないか』と言ってるんじゃないかという気になったんですよね。山田監督も真田さんも山奥の僕の所まで来て一生懸命に誘ってくれましたし。
現場は感動的でした。『組』と呼ばれるスタッフたちがそれぞれに動き回り、カメラが動き始めるとみんなが一点に集中する。どんな短いカットでも、撮影が始まると『真実の場所』になる。
僕のやってきた『おどり』では、観客は舞台に集中しますが、スタッフ自体は本番が始まるとそんな集中力を持たない。『もう俺たち関係ないや』って、いなくなるんですよ。ヨーロッパの優秀な劇場では、裏方さんが舞台袖でみんな観ていて舞台に猛烈なエネルギーを送っているのに、日本の劇場ではそれがなかった。そのことが恥ずかしくて、嫌な想いをしていた時期でした。それだけに、映画の現場が素敵に思えました。
本当の意味での集中は、意識が覚醒していなければできません。他のことが考えられないのは、まだ初歩的段階。集中すればするほど、何が起きているか全て見えてきます。『おどり』は特にそれが必要です。客席の様子を知らん顔で踊るわけにはいきませんから。『我を忘れて』なんて言葉がありますが、それではいけない。何が起きているか、自分が何をしているかを知っていなくてはならないんです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
●撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2018年3月9日号