3月は別れの季節。離別はやっぱりつらいけど、それを乗り越えた先には、その場に居続けたのではわからない、明るい未来が待っているはず。別れのなかで知ることができる深い女性教師による愛のエピソードを紹介します──。
彼女が私に渡してくれたプリントは、くしゃくしゃになっていました。何かを消し、また書く、というのを繰り返したのでしょう。ただ確かに、「先生から、卒業証書を受け取りたい」──そう書いてありました。
“彼女”とは、私が初めて担任した中学3年のクラスの生徒でした。2年生の時から不登校だったらしく、私は、宿題や授業のコピーを届けがてら、事情を聞こうと家に行くことにしました。ところが彼女は部屋からも出ない状況で、ドア越しに話しかけても、無視されるだけ。
それでも私はあきらめずに毎日通い続けました。他の教師からは、「出すぎたマネはしない方がいい」と言われましたが、気になってやめられなかったのです。
というのも私自身、中学時代にけがで入院した後、勉強についていけなくなり、不登校になったのです。その時、担任の先生が毎日授業のコピーを届けてくれ、「自分のペースでいいから」と言ってくれたおかげで、また学校に通えるようになりました。教師を目指したのも、恩師のようになりたかったからです。
1学期も終わりに近づいた頃、彼女の母親から、進学を考えているということを聞き、それからは、受験対策用のオリジナルプリントも添えるようにしました。すると、翌日には問題が解かれたプリントが戻るようになりました。プリントに添削や採点をしては返すことを繰り返すうちに、親御さんから、彼女が通信制高校の受験を決めたと聞きました。
私のしてきたことで彼女が前向きになったことがうれしくて、その後も、プリントのやり取りは続けました。そして見事、高校に合格を果たしたのです。しかしその間も、彼女が学校に来ることはありませんでした…。
卒業式の1週間前、式典での注意事項を記したプリントを彼女の家に届けました。これが最後の“お届け”です。
ドアの隙間から彼女にプリントを渡し、親御さんにあいさつを済ませ、帰ろうとした時、ドアの隙間からくしゃくしゃになった、あのプリントがスッと差し出されたのです。
そして卒業式当日、式典が終わって静まり返った教室に、制服を着た彼女が本当に来てくれたのです。私は卒業証書を読み上げて、渡しました。2人きりの静かな卒業式でした。
「先生のおかげで、高校に行こう、もう一度やり直してみようと思えるようになりました。ありがとうございます」
彼女の言葉に、私の方が目頭を熱くしてしまいました。彼女からは、今でも年賀状が届きます。母親になり、子供と笑顔で写る彼女を見るのが、私の楽しみになっています。(55才・中学教諭)
※女性セブン2018年4月12日号