もう1つ効果的だったのは「話術の巧みさ」。金委員長は自分の言葉で話し、相手の感情に訴える方法を選んだ。冷麺を持ってきたという件ではジョークを交えたり、わかりやすい表現を使い情に訴えるような内容と話し方は、彼への人物的評価を高め、知性やリーダーとしての素養すら感じさせた。これまでメディアを通して見てきた北朝鮮の指導者としての姿の通りであれば、話を聞いていても心理的な抵抗や反感を抱く人が多かったはずだ。
だが情緒的な話や話し方であれば、金委員長に対して持っていた見方や態度をいったん、脇に置いたまま話を聞けるだろう。ここにも印象操作のトリックがある。感情に訴えられているうちに、彼の話に無理なく耳を傾ける態勢ができてしまい、強制されることなく自発的に印象を操作してしまうのだ。
核実験や弾道ミサイル発射実験を行い、戦争が勃発するかも…と人々を不安に陥れる“下準備”もバッチリだった。不安があれば、人はそこから逃れようとするため、不安が解消される方へと操作されやすい。戦争の可能性が完全に否定されていない今、人々は金委員長の笑顔をいい方へと捉えたくなってしまうのだ。
また、与える印象には、巧みなボディランゲージも役立っていた。南北会談の中心的人物は文大統領ではなく、自分だと印象づけたかったのだろう。注目の歴史的握手では、二人が握手を交わし、金委員長が境界線を越えた。するとすぐに金委員長が手を出し、二人はまた握手。よく見る一般的な握手をしたまま記念撮影。ここで、金委員長が促す形で文大統領が北朝鮮側に足を踏み入れるというサプライズがあって、また握手。
ところが金委員長は握手した手にもう一方の手を重ね、文大統領の手を包み込んだではないか。この握手は相手よりも自分が優位に立つとともに、相手への信頼や親しみを表しているといわれる。北朝鮮側の優位性と、会談への意気込みや期待を印象づける仕草だ。最初の歴史的握手の瞬間、文大統領こそ、金委員長の手を包む込むべきだったのではないだろうか。
そしてその握手の後、韓国側へと身体を先に向けたのも、式典後にさりげなく文大統領の背中に手を伸ばし、両国代表団によるサプライズの記念撮影を促したのも金委員長だ。共同宣言で抱擁を交わした時も、文大統領の手は金委員長の腰に回されていたが、金委員長の右手は文大統領の肩に回され、より身体を近づけていた。結果、存在感をアピールし、文大統領よりも強いリーダーシップを感じさせることになったといえる。
相手は長年、国家をあげて情報を操作してきたプロである。気がついたらいつの間にか金委員長はいい人になり、北朝鮮の思うがまま…、なんてことがないようにと願うばかりだ。
米朝首脳会談では、さらに巧妙な印象操作のトリックが仕掛けられているだろう。トランプ大統領は果たして大丈夫なのだろうか?