命からがら日本の対馬に着き、そのあと九州を経て東京に出た。身分を隠したが、戦後の混乱期のこと、幸いに疑われることもなかった。肉体労働、学校の教師、つれこみ宿の住み込み、などさまざまな仕事をしながら、パチンコ店で働くようになって、生活もなんとか安定した。結婚し、二人の子供に恵まれた。
一方、祖国では、南北が分裂し、ついには同じ民族同士が戦うようになる。故国の苦難を異国にいて見なければならない。娘には語ることはなかったが、父親は仲間と共に、韓国の民主化のために戦っていた。野党の指導者、金大中を尊敬していた。
しかし、家庭と政治運動は両立せず、その板挟みになって運動から身を引いてしまう。
それが父親の負い目になってゆく。とくに友人の一人が韓国で捕えられ、獄中死してからは。
父親の手記を読んだことで、娘は、はじめて父親のほんとうの苦しみを知る。父と娘の物語であると同時に、在日の目で見た韓国の現代史にもなっていて読みごたえがある。
※SAPIO2018年5・6月号