母国の人間を探すうち、彼女はコペンハーゲンの言語学科生クヌートや、インドから来た比較文化専攻でトランスジェンダーのアカッシュ、文化施設の職員ノラたちと出会う。そして、「ウマミ・フェスティバル」なる日本食の祭典や、テンゾなる寿司職人の存在を知り、引き寄せられていく。
さて、テンゾに寿司を教えたのが、フクイ出身のSusanooという人物。ヒルコとスサノオといえば、島から流された姉と神逐にあった弟である。興味深いのが、パンスカを話すときのHirukoは活気のある声なのに、世界最強の共通語たる英語を話すときには限りなく頼りない小声になってしまうことだ。だれもが移民になりえるこれからの時代、いよいよマイナー言語の英語への逆襲が始まるのかもしれない。
不穏な予言の書であるのに、国籍や言語や民族の縛りから解かれる快さをもたらす。多和田葉子の小説ならではだ。
※週刊ポスト2018年6月15日号