だが戦後、春日では後継者不足から信仰組織は先細り、寺田さんの祖父の死後、平成に入って途絶えている。寺田さんは、祖父がこの信仰を“残したい”という思いを滲ませていたことをよく覚えているという。

「私が小学校に上がる前ですから、60年ほど前のある正月のこと、祖父が何も言わず、私を集落近くの高台に連れ出したことがありました。そして西の沖合いに浮かぶ中江ノ島に向けてお祈りを始めた。先祖が続けてきた信仰の姿を孫の私に一度だけでも見せたかったのかもしれません」(寺田さん)

 中江ノ島は17世紀初頭、藩当局に捕らえられたキリシタンたちが処刑され、殉教聖地となった無人島で、やはり構成遺産の一つに選ばれている。

 平成の世になって春日のキリシタン講は途絶えたが、並存してきた仏教の信仰は続いている。春日の住民はみな真言宗の寺(平戸市中野町の妙観寺)の檀家で、寺田さんはその総代を務めている。世界遺産の喜びに沸く「潜伏キリシタン」の子孫が、現在は「キリスト教徒」ではなく「仏教徒」なのだ。

 ちょっと妙な話に思えるが、今回の世界遺産を機に考えるべきことのカギが、ここにあると筆者は考えている。

 イエズス会の宣教師が伝えた教えを源流とする信仰と、仏教や神道を“同時並行”で拝む──それが潜伏キリシタンたちの姿であり、禁教が解かれた後に、「神仏を捨ててカトリックになった人たち」と「神仏も拝み続け、潜伏期の信仰形態を守った人たち」の両方がいたのだ。

「春日」では潜伏期の形態を守る信仰組織が失われたが、現在も組織的な信仰が続けられている地域がある。平戸島のさらに西方にある東シナ海に浮かぶ離島、「生月島(いきつきしま)」だ。この島の信仰の歴史と現在は、拙著『消された信仰』に詳述したが、九州西岸各地に存在した信仰集落の中でも、最もまとまったかたちで伝統が保存されている地域である。

 だが、生月島は今回の構成資産に入っていない。県が作ったPR用のパンフレットからも、その存在は消されているのだ。

 今回の世界遺産登録の意義は、どこにあるのか。これは単に、「キリスト教が250年以上にわたる禁教と弾圧を乗り越えた」ということへの評価なのか、それとも「先祖が命がけで守ってきた信仰形態を守ろうとする深い信心」にも敬意を示す機会と捉えるべきなのか。歓喜に沸く中で、一度立ち止まって考えてみたい。

【プロフィール】ひろの・しんじ/1975年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒。神戸新聞記者を経て2002年猪瀬直樹事務所に入所。2015年フリーとなり、昨年末『消された信仰』で第24回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

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