「日本人は刃物には恐怖心があるけど、拳銃にはないね。刃物だったら、近づいてきたら避けようとするけれど、拳銃を怖いとは思わない」
日本国内の殺傷事件はほとんどが刃物によるものだ。拳銃への現実的な恐怖感は刃物よりも薄い。実際、ある日どこかで拳銃を見せられても、一般人はそれが本物かどうかをまず疑うだろう。
「でも、今は怖いよ。見ただけで怖い」彼は笑いながら首を横に大きく振った。
カウンターを乗り越え、男を追いかけようと走りだしたその時、男がこっちを振り向いた。その瞬間、「パンパン」という音が響く。そこで初めて「あっ、こいつホントに拳銃を持っていたんだ」と思ったという。男は振り向きざまに、いきなり撃ってきた。反射的に元刑事は逃げたという。
「逃げる時に帽子をさ、咄嗟に後ろにこうしてさ」と、帽子のつばを後に回す仕草をする。
「本能的にジグザグに逃げると、背中でまたパンパンという音が聞こえた」
男は逃げる彼に向かって撃ってきた。そしてもう一人、通用口から入ってきていた警察官にも向かって撃ったのだ。
元刑事は外へと逃げた。通用口の前には、警察官が大勢集まってきていた。「拳銃を持っているから入るな!」彼は、入ろうとする警察官たちを必死に制止した。だが、気がつくと自分の腹の前と後ろから血が流れ出ている。
「あっ!と思ったね。それで、腹の前と背中側を対角に手で押さえたんだ。血が出ないように。それでも血は出てくるんだよ」
彼のその姿に、同僚が撃たれと警察官たちは一気に興奮していく。殺気立ち、それぞれが拳銃の激鉄を起こし始めた。そして、激鉄を起こしたままの拳銃を片手に、「大丈夫か、大丈夫か」と彼に詰め寄ってきたのだという。
殺気立った警察官が大勢、激鉄を起こした拳銃に指を掛けている…。このままでは、いつ間違いが起きるかわからない。
「とにかくそれを収めてくれ、危ないから」
現場で一番冷静だったのは彼だ。
撃たれたというのに、救急車はなかなか来ない。先輩が、「俺が運転する」と言い出し、交通係のマイクロバスで病院へ向かうことになった。すでに靴の中まで血でベトベト。押さえている手を少しでも離したら血がピューッと出てくる。それでもバスまでは自分で歩いた。歩けたのだ。
警察官たちの興奮は、サイレンを鳴らして走るバスの中でも高まっていった。バスの中に警笛の音がピーピー、ピーピーと響き渡る。バスに同乗していた4~5人の警察官が、持っていた警笛を一斉に吹いて、バスの中から交通整理をしようとしたのだ。周りの車を一刻も早くどかそうと、彼らは警笛を吹いていた。
「笛の音がうるさかった」
一人冷静だった彼は、「吹くのを止めてくれ」と頼んだという。ずっと意識はしっかりしていたのだ。
病院に着くと、ストレッチャーが運ばれてきた。「お前らどけ!」と言って看護師を押しのけ、医者が自ら押してくれた。