慶應義塾高校監督の森林貴彦監督(写真提供/インプレス)
一方、慶應義塾の森林監督も、大前提に性善説の考えがある。
「性善説、性悪説で言えば、性善説ですね。基本的に、選手というのは野球が好きでやっているわけで、やる気があって、うまくなりたいというモチベーションもあるものだと思って、接しています。だから、指導者としても、うまくなるためにどういうサポートをしたらいいかを真剣に考えるわけです。それが大前提ですよね。そうでなければ、信頼関係は築けないし、いいアイディアも生まれてこない」(『名将たちが語る「これから」の高校野球』より)
指導で大事にしているのは、意図や意味を聞くこと。たとえば、カットプレーでサードに投げる場面でありながら、ホームに投げた野手がいたら、「何やってんだ!」ではなく「どういう考えでホームに投げた?」と必ず聞く。質問に答えようとすることで、選手の頭が整理され、次のプレーへつながっていく。「しっかりやれ!」「はい!」という高校野球に見られがちな反射的なやり取りを、もっとも嫌う。
こうした対話を通じて、自分が思っていることを自分の言葉で伝える力が養われている。そして、指導者に言いやすい雰囲気があるのも、慶應義塾の良さである。
決勝では、先発したエースの生井惇己が8回に降板し、ライトに下がった。森林監督のなかでは再登板も考えていたが、ベンチに戻ってきた生井に聞くと、「握力がもうないので、厳しいです」と言葉が返ってきた。
ピッチャーの本能として、「投げたいです。いけます!」と口にしたくなりそうだが、自分のコンディションを冷静に判断し、勝敗を仲間に託した。9回の打席で、森林監督は生井に代打を送り、エースの再登板をスパッとあきらめた。
「そういうことを素直に言えるのが、慶應のいいところだと思います。うちらしいですよね」(森林監督)
今大会では、試合のテーマを「四字熟語」で表現していた。初戦は意志統一、3回戦は一気呵成、4回戦は泰然自若、準々決勝は百戦錬磨、準決勝は不撓不屈、そして決勝は初志貫徹。ときには、四字熟語辞典を見ながら、その試合に合った言葉を探していたという。
「いかにシンプルに、チームがひとつになる言葉を伝えることができるか。長い話をしても、選手の頭にはなかなか残りませんよね」
決勝で初志貫徹を選んだのは、「結果は気にせずに、野球を始めたときの嬉しさや、慶應を選んだときの志、センバツで負けたときの悔しさなどを、胸に持って戦おう」という意味を込めてのものだった。
じつは、これは平田監督もよく伝えている言葉である。
「野球を始めたときの少年の心と、横浜高校に進学を決めたときの志の2つを忘れずに3年間プレーしてほしい」
入学時には必ずこの話をして、その後もことあるごとに「心と志を忘れないようにな」と伝えている。この気持ちがあれば、指導者がガミガミ言わなくても、自ら練習に取り組むはずだと思っているからだ。