ライフ

名越康文氏 『ツレうつ』作者の落語コミックエッセイを絶賛

精神科医の名越氏も絶賛する『お多福来い来い』(第20回「あたま山」より)

 漫画家・細川貂々(てんてん)さんが初めて落語をテーマにしたコミックエッセイ集『お多福来い来い』(小学館刊、1296円)が話題になっている。そこで精神科医の名越康文さんが、その魅力を語る。

【評者】
名越康文さん●1960年生まれ。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析などさまざまな分野で活躍中。

 貂々さんの作品は、『ツレがうつになりまして。』も読みましたし、映画では解説も書かせてもらいました。他の作品も読んでいますが、この『お多福来い来い』はこれまで以上に貂々さんの個性が溢れていると感じました。どのページもほっこりしてカワイイんですが、その裏では貂々さんののっぴきならなさが、地下水脈のように流れているんです。ノホホンとしているようで、決して予定調和にならないボケやオチが描かれていて、しかもそれは計算というより、そうとしか描けない一途な不器用さが生んでいるのだと思います。そういうことを感じだすと、余計に著者に感情移入せずにはいられなくなるのが、この漫画の魅力ですね。

 ぼくらは普通、落語を聴いた時、「しゃあないなあ」と受け流したり笑い飛ばしたりするところを、貂々さんは一つ一つ立ち止まり、真面目に捉えるんです。例えば冒頭で、初めて落語を聴いた時、全然笑えなくて、落ち込んでいる場面がありますが、ぼくからしたら思わず「真面目かっ!」と突っ込みたくなる。でも本人は至って真剣なんです。その不器用さがリアルにボケになり、結果として絶妙に面白いオチになっている。それが、この奇跡の作品を生み出しています。

 特に『あたま山』を描いた回は傑作中の傑作ですね。いちばん好きです。この演目は、落語の中でも奇っ怪な内容で、非常にわかりにくいと言われて来たものです。頭の上に桜の木が生えてきた男の話で、それをひっこ抜いたら今度はそこに穴ができて、水が溜まって池になり、最後はその自分の頭の池に飛び込んで死んでしまうという。

 ぼくは落語で『あたま山』を2回観たことがあるんです。頭の上にある池に自分が飛び込むという、あまりにも不条理な話ですから、その時は落語ならではの荒唐無稽さ、シュールなナンセンスとしてゲラゲラ笑って楽しみました。でも今回、漫画で改めて読んでみてスーッとストーリーが自分の心の中に染み入ってくる感覚を味わうことが出来た。そんな自分の人生とも連なるひと続きのストーリーとして理解出来る感覚は、この漫画が初めてでした。

 驚くのは、そんな不条理な話を、貂々さんは「頭の上に桜の木が生えるっていうのはわかる気がする」と、自然に想像もでき、納得もするんですね。そしてご自分がベストセラーを出した時、大勢の人が寄ってきて去っていったという体験と重ね合わせ、その時の人生の機微をたった2ページで描いている。

 過去の自分が襲ってきているような暗い顔のあと、最後は、今度頭に木が生えるなら、しなやかな柳の木がいい、と静かな悟りさえ垣間見えるひとコマで終わるその構成力と発想力も見事です。

 そんな緊張と緩和、ぼんやりと刃渡りの上を歩いているようなギャグ漫画、ユーモア漫画だと思って読むと、さらにこの魅力が感じられると思うんですね。

※女性セブン2018年8月16日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
一般家庭の洗濯物を勝手に撮影しSNSにアップする事例が散見されている(画像はイメージです)
干してある下着を勝手に撮影するSNSアカウントに批判殺到…弁護士は「プライバシー権侵害となる可能性」と指摘
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
松竹芸能所属時のよゐこ宣材写真(事務所HPより)
《「よゐこ」の現在》濱口優は独立後『ノンストップ!』レギュラー終了でYouTubeにシフト…事務所残留の有野晋哉は地上波で新番組スタート
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
早朝のJR埼京線で事件は起きた(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」に切実訴え》早朝のJR埼京線で「痴漢なんてやっていません」一貫して否認する依頼者…警察官が冷たく言い放った一言
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン