災害が相次ぐ。対岸の火事、というわけではない。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が北海道の酪農家が陥った窮状についてレポートする。
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北海道の生産者から「もう勘弁してくれ」という悲痛な声が聞こえてくる。6日未明に北海道を襲った最大震度7の「北海道胆振東部地震」の話である。2年前、2016年の8月末にも北海道は複数の台風に襲われ、”日本の食糧庫”とも言われる十勝地方が「土壌も含めた回復には5~10年以上かかる」と言われる大ダメージを受けた。
今回の地震の被害も大きい。震度7の地震で大規模な土砂災害に見舞われた厚真町は被害額157億円超、震度6弱を観測した札幌市も被害額100億円。ともに被害の全容はまだ明らかではなく、他の地域も含めた暫定被害総額さえわからない。被害額はさらに膨らむ見込みだ。
2年前の台風では十勝の畑作農家の被害が大きかったが、全道が停電となった今回の地震における被害は様相が少し違う。単純に「震源に近いから被害が大きい」という構図にはなっていないのだ。例えば酪農家ならば、被害の規模は電源の有無に左右される。
酪農には電力が欠かせない。酪農家の生活サイクルは牛の生活に寄り添っているが、すべてにおいて電力が必要なのだ。まず必要なのがミルカーと呼ばれる搾乳機への電力供給。搾乳は通常、牛の乳房にミルカーのユニットを装着し、真空状態を作って吸引するように搾乳する。当然電力が必要となる。搾乳は朝と晩の1日2回。絞った牛乳をバルククーラーという冷却タンクを通して出荷するのだが、実は酪農家は、牛乳が出荷できる、できないに関わらず毎日搾乳しなければならない。
牛は乳を搾らなければ、乳房炎という病気になってしまう。一度乳房炎にかかると治療して再び生乳を出荷できるようになるまで1週間~10日ほどかかる。治っても乳量が減るケースもある。だから酪農家は乳房炎を全力で回避するために、非常時でも搾乳だけは続ける。実は乳房炎になる前に乳を出なくさせる、強制乾乳法という乳を止める方法もあるが、その後の乳量に対する不安感などもあって、酪農家には浸透していない。酪農家は「とにかく搾るしかない」と考える。
仮になんとか搾ることができたとする。実際、今回の地震直後も非常用電源を確保している酪農家は停電中も搾乳することができたし、急場を手搾りでしのいだ酪農家もいたという。電源のない酪農家各戸を地元農協の職員が非常用電源を持ってまわり、搾乳をサポートしたという話もある。