中でも僕が好きなのは「こっちにおいで」と言われて「そんなんじゃないんです……大きな声出しますよ」と警戒するのっぺらぼうの女に掴み掛って「好みの顔を描いてやる!」とキレる場面。こんな『化物使い』は一之輔だけだ。
トリの一朝は『紺屋高尾』を圓生系の型で、一朝らしく軽やかに演じた。久蔵の恋患いをお玉ヶ池の先生が親方に秘密にするのは圓生ではなく五代目圓楽と同じ。圓生の「爪際に染まった藍を落とす」という描写はなく、といって談志系のように自分は職人だと打ち明けながら「藍に染まった手」を見せることもない。
2月15日に久蔵の許に来た高尾、夫婦が暖簾分けされた店は早染めで評判になった……と「瓶のぞき」の由来を語り、毎日通う客のくだりを挟んでサゲ。市井の「ちょっといい話」として爽やかな後味を残し、初の「三春会」はお開きとなった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年11月9日号