『風呂敷』は女房が亭主より圧倒的に優位な「強い女」で、亭主が泣きながら兄貴分に「怖いんだよ~助けてくれ」と言ったりするのが可笑しい。兄貴分が風呂敷を使って男を逃がすのは「寄席でそんな噺を聴いた」からだが、実際にやってみると亭主がじっとしてないので押さえつけるのが大変、という演出は秀逸だ。
『品川心中』は基本的に談志の型だが、冒頭の心中相手を選ぶ場面で煙草を吸っているのは談志にはない演出で、お染の性格を象徴している。金蔵に出す手紙のくだりで「わざとらしく持ち上げると私たち女性は『嘘くさっ!』と思うものですが、男性は違うようですな」と地で言ったのは「女性演者目線」をあえて使ったもので、廓噺をやる上ではいいアイディアだし、特にこはるが言うと新鮮だ。金蔵が徹底的に剃刀を怖がるのもバカバカしくて笑った。
『五貫裁き』も談志に忠実で、町方定廻りに徳力屋が「奉行もヘチマもあるか!」と言ってしまう場面の可笑しさも見事に表現していたし、大家の徳力屋への啖呵も痛快だ。ラストは談志ほど皮肉ではないが、美談に終わらせず「繁盛したかどうかはわからない」としたのもいい。
二ツ目ブームの中での「人気の女性演者」という立ち位置に甘んじることなく、「談春の弟子であり談志の孫弟子である自分」を真正面から見据えた今のこはるの姿勢からは、今後の飛躍が期待できる。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年11月23日号