「僕がやることに反対の声はありました。スターの松坂さんの相手が僕ではバランスが悪い、と。そこを監督が一年かけて説得してくれましてね。

 本当に難しい役でノイローゼ状態になりました。スタッフも『岸部さん、大丈夫ですかね』みたいに空気も孤立した感じで、大船の撮影所にどうやって通ったのかも後で思い出せないくらいでした。それでも監督だけは『大丈夫。それでいいんだよ』と言ってくれて。

 監督にはいろいろなことを教えてもらいました。たとえば『言葉』という意味一つも、他の人とは捉え方が違う。俳優はセリフがあってその言葉を使って相手に伝えて、それを観る人に伝えます。でも、『言葉が大事』と監督が言う時、『言葉がない方が伝わる』という意味で使われる。『感情を言葉に乗せて伝える時、言葉にした段階でもうその感情は小さくなっている』と。

 たしかに言葉にして伝えるには、頭でいちど整理していますよね。整理しているということは、本当に思ったことよりも小さく軽くなっているんですよ。そのことを分かった上で言わないといけない、ということです。

 だから監督は感情を乗せて抑揚をつけた言い方がダメで。僕はもともと棒読みタイプだったのですが『もっと棒読みでいいよ。その方が伝わるんだから』と言われました。撮影中はなかなか理解できないこともありましたが、完成したものを観て『監督が言っていたことはこういうことなんだな』と分かってきて。『本格的に仕事として俳優をやろう』と思うキッカケになりました」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

■撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2018年11月23日号

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