「俺、今、転職とか独立を考えていて……と言われたんです。びっくりしました。全然、知らなかったから。と同時に、なんか、笑っちゃったんですよね。私が結婚、結婚と思っているときに、彼は転職、転職って思っていたのかと。全然違うことを考えているんだなあと」
浩太さんから明確な返事はなかったが、自分の気持ちを伝えられただけでも前進だと思うことにした。以来、美和さんの口から、結婚の話を出すことはなかった。
◆将来をとるか、今をとるか
浩太さんが転職活動で忙しくしている頃、美和さんは、趣味の読書で知り合った友人から、ある誘いを受けた。知り合いが始めた小さな書店の事務や雑務を、手伝ってくれないか、というものだった。本が好きな美和さんは、すぐに引き受けた。忙しいのは苦手なので派遣の仕事の負担にならない程度だが、美和さんの世界も広がりつつあった。
結婚や出産についてはどう考えていたのだろうか。
「正直、諦めていたのかもしれません。はっきりしない彼氏とは別れたほうがいい、と忠告してくれる友人もいましたが……、40を超えた私が彼と別れて、また新しい人を見つけて、結婚までいく確率って、すごく低いような気がしてしまって。高齢出産する自信もなくなってきたので、それだったら、将来どうなるかわからないけれど、彼との今の生活を大事にしようと。消極的理由からだけど、自分のなかで、そう折り合いをつけました。
その後、もし、別れていたら後悔していたのかな……。ただ言えるのは、将来はともかく、その時点では、彼と一緒にいられて、すごく楽しかったんですよ」
将来をとるのか、今をとるのか。その選択はとかく、出産年齢に限りのある女性の側にのしかかってくる。
そんな中で美和さんの家族の状況は、結婚しない現状を肯定してくれるものだった。
「姉がすでに3人子供を産んでいるんです。母は孫たちの面倒をみるのに忙しくて、たまに私とのんびり旅行に行くのを生き抜きにしていました。こういのって、大人同士だからできる楽しみですよね。妹の私はいつまでも家にいていいよ、という感じが、うちにはありました……過保護なので」