現代史家の秦郁彦氏
秦:織田信長はどうでしょう。最近、信長が天皇あるいは天皇より上の地位を占めるつもりでいたらしいという話が出ていますね。
本郷:それを最初に言い出したのは、京大の朝尾直弘先生ですね。宣教師が残した文書に、信長が「この石はご神体だから、これを俺だと思って拝め」などと言ったと書いてある。だから信長は天皇より上の神になろうとしていたのだ、と朝尾先生はいうわけです。
秦:それをいうなら、徳川家康だって神君でしょ。
本郷:はい。死後に「東照大権現」という神号を後水尾天皇から贈られました。
秦:日本では、たいていのものは神様になれるわけですよ。だから問題はその中身や形式。石を拝めと言っただけで天皇より上ということにはならないのでは。
本郷:そもそも信長は、明治時代には勤皇家として評価されましたが、戦後は「天皇制を否定しようとした革命児」と見られるようになりました。しかし最近の研究者は、信長は天皇を含む既存の秩序や権威をそれなりに大事にしていたと考えています。どれが正しいのかは、何とも証明のしようがないんですけど。
【PROFILE】はた・いくひこ/1932年山口県生まれ。現代史家。東京大学法学部卒。大蔵省入省後、防衛大学教官、大蔵省財政史室長、プリンストン大学客員教授、拓殖大学教授、千葉大学教授、日本大学教授などを歴任。著書に『靖国神社の祭神たち』『慰安婦問題の決算』『実証史学への道』などがある。
【PROFILE】ほんごう・かずと/1960年東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。中世政治史が専門。東京大学文学部卒。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。近著に『軍事の日本史』『考える日本史』『やばい日本史』などがある。
※構成/岡田仁志(フリーライター)
※SAPIO2019年4月号