◆みんなが言うほど世の中は酷くない
さて、瀬尾作品といえば食事の場面だ。誰かと食卓を囲み、あれこれ話し合う空間は、あらゆる人間関係の原点にも思えてくる。
「私も男女問わず誰かとダラダラ食べたり飲んだりするのが大好きなんです。ジャンクフードも好きで、根がミーハーで何でも試してみるところは、正吉同様敷居が低いんです(笑い)」
世間に期待される作風に迎合してきた正吉の作品を智は全て読んできたらしく、初期の〈『きみを知る日』〉が最も好きだと言う息子と、拙いと思う自分では感じ方が違うことも初めて知った。そして智が風邪でバイトを休んだことも笹野氏に聞くまで知らなかった彼は今夜は鍋にしようと思い立ち、土鍋を買いに出たかと思うと森川さんに鍋や総菜類を持たされたり、煩わしい分、愉快でもある人情の只中を自らも生きるようになる。
「私の小説は『いい人しか出てこない』とも言われるんですけど、残酷で悲しい事件は確かにたくさんある。でも現実にはいい人もそれ以上にいて、そっちを書く人がいてもいいと思うんです。正吉が書くような小説は書き方自体わからないし、世の中、みんなが言うほど酷くないと私は思うので」
美月がどんな思いで智を育て、なぜ智が自分を訪ねてきたかを知り、多少成長した正吉も、家族としてはスタート地点に立ったばかり。〈この日々はちょっとやそっとで崩れるものではない。そう確信できるまでには、もっとやらなくてはいけないことがある〉と彼が言うように、父親とはやるもの、そして家族とは作っていくものなのだろう。
【プロフィール】せお・まいこ/1974年大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。中学講師を経て、2005年、京都府教員採用試験に合格。その傍ら、2001年「卵の緒」で第7回坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、2018年『そして、バトンは渡された』で『本の雑誌』が選ぶ2018年上半期ベスト10第1位や「王様のブランチ」BOOK大賞。2011年に教師を辞め、現在は奈良県在住。159.5cm、O型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2019年3月29日号