映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、映画やドラマで幅広い役柄を演じてきた俳優・織本順吉さんが、生前、セリフを言う時の呼吸や存在感について語った言葉をお届けする。
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先日、織本順吉が亡くなった。本連載では二〇一四年十二月に取材をさせていただいている。そこで今回は追悼の意を表し、その際にうかがったお言葉を取り上げながら、彼の役者としての魅力について改めて振り返っていきたい。
九十二歳で亡くなった織本だが、取材させていただいた時でも八十七歳。本連載にご登場いただいた役者の中でも最高齢にあたる。驚かされたのは、その記憶力や矍鑠としたたたずまいもそうなのだが、その年齢になってもなお自らの演技をさらに深めようと試行錯誤していたことだ。そうした中で織本が新たに気づいたことがあるという。それは、セリフを言う時の呼吸だ。
「最近になって思うのは、呼吸の合間に言う言葉がセリフなんだということです。ですから、僕が今一番大事にしているのは、セリフを言う時の呼吸法です。
息を吐いてセリフを言うと、感情が体の中に染み込んでこないんですよ。でも、息を吸ってからセリフを言うと、大したことを考えていなかったとしても、その吸い込む間に観る側が勝手に想像してくれるんです。『この人には厳しい過去があったんじゃないか』とか。
ですから、想いを託してセリフを言う時は、その前に息を吸い込むことにしています。あるいは、セリフのない場面、たとえば英雄とか哲学者が高尚なことを頭の中で反芻するというような芝居でも、そうです。そういうのは表情だけでできるわけではないので、グッと息を引いて止まると、そういう風に見えてくる。息を吐く時は、極端に言うと『てめえ、この野郎』と喧嘩をする芝居ですね。こういう時は、頭の中に知恵は働いていませんから。
話を聞く時も同じです。相手の話をちゃんと聞いてない時は息を吐きながら聞く。そうすると信用していない感じが出ますし、引く息で聞くと本気で聞いている感じになっていきます」