やっと平成を待って天皇と世俗とのへだたりが定まった。皇室用語では、天皇が一人で外に出るのを「行幸」、皇后とつれ立って出るのを「行幸啓」というそうだが、今上天皇は行幸啓を自分たちのスタイルとしたようだ。それは「『平成』をより鮮明にするための、強い意思」と取れないか。「おことば」を知る人も、天皇がその中で自分の葬儀についても語っていることは、ほとんど気づかないだろう。死を自覚した人間は強いのだ。
そういえば近年の行幸啓はきわだっていた。太平洋戦争の激戦地を巡り、深々と頭を下げる姿は、ひときわ鮮烈だった。時代の動向への危惧と批判をこめてのことは、火を見るよりあきらかである。その点でも怠惰な国民は、べつに何とも感じなかったようなのだ。
※週刊ポスト2019年5月3・10日号