これまでのカフェデートも正樹さんが支払ってくれていた。今日の店は、コーヒー一杯と値段が違うことはわかっていたが、高級フレンチではないのだから、50歳の正樹さんにとってはそれほど負担ではないだろうと、凜々子さんは踏んだ。正樹さんは、大企業勤務ではないけれど、定年まで勤め上げそうな堅実なサラリーマンだった。
ところが、「お店を出た瞬間、彼に言われたんです。このお店はリーズナブルじゃないんだよ、と」
釘を刺すような物言いに、え?え?と、凜々子さんの頭にクエスチョンマークが並んだ。
◆年上、年収も上の男性のプライド
2人が出会ったマッチングアプリに正樹さんは自分の年収を載せていた。正樹さんのそういうところに、凜々子さんは誠実さを感じてもいた。そしてその年収は、ビストロ店で女性に奢っても、財布が痛むような年収ではないと、凜々子さんは捉えていた。
「彼は年も上だし、私より年収も上だし、私が払うと彼のプライドを傷つけるというか、むしろ嫌がられるかなと思ったんですよね。でも、そうじゃなかったんでしょうね。奢ってもらって当然、という態度に見えて、カチンときたのかな」
そう解釈した凜々子さんは、次のデートで会うなり、「今日は割り勘で」と言った。そして、割り勘なのだからと、遠慮なく飲んだ。しかし、トイレに行っている間に彼は支払いを済ませていた。私も払いますと言ったが、彼は不機嫌そうに、「今日もリーズナブルじゃなかったけどね」と言った。
「だから、払うって言ってるじゃないですか!」
気付いたら声を上げていた。お酒の力も少なくなかっただろうと凜々子さんは振り返る。
その後、口論になり、正樹さんの、自分は女性にお金を出してもらいたいと思ってるような小さい男じゃない、けれど、自分が払ってるのは安い金額じゃないことを言わずにはおられない、そんな面倒なプライドを感じた。そして気持ちが冷めていった。