「江戸時代まで漢方薬が中心だった日本では、薬というものは天然由来の素材を配合して作っているのだから、薬の効き目は穏やかで安心できるものだという考え方が根強く残っていると思います」(天野さん)
実際には日本古来の漢方薬にも副作用があるが、自然由来であることや、極楽浄土の教えを説く僧が伝播したこともあり、日本人はどこかで「薬はのむほどに体の状態をよくして癒してくれる」と無意識に考えているのだ。
それを象徴するのが「薬」という漢字だと天野さんは続ける。
「『薬』という字は、くさかんむりに楽と書きますね。つまり薬という字は、『草を使って病気の苦しみを取り去って体を楽にしてくれる』と読み取れます。古代の知恵から生まれた薬は日本人の生活と密接に結びついているため、体に合っているというイメージがいまだに強いのです」
そうした考えは本来、西洋の薬とは相容れないと天野さんは警鐘を鳴らす。
「西洋では薬が化合物質を基に発展してきた歴史があるため、西洋人は副作用に対する意識も強いということがいえます」(天野さん)
つまり、「薬は毒にもなる」ということを肌で知っているのだ。
外国の文化を巧みに取り入れ、自国の文化に融合させることが得意な日本人の特性があるがゆえに、「漢方薬の安心感」と「西洋薬の効き目」の“いいとこ取り”をしてきた結果、現在のような、日本人の薬に対するユニークな姿勢ができあがったというわけだ。
現代日本では「国民皆保険」制度も、「薬大国」を作り出す一因になっている。
少ない自己負担で質の高い医療を受けられる国民皆保険は、日本人の健康を幅広くサポートする半面、「薬は安価でもらい放題」「とりあえずもらっておこう」という意識を植えつけた。
薬剤師で栄養学博士の宇多川久美子さんは「日本人は“薬にも価格がある”ということを忘れている」と指摘する。
「長く薬剤師をしていますが、患者さんから『この薬はいくらですか?』と聞かれたことがありません。だけどモノには値段があるもの。本来はお金を払う人が薬の値段を把握して、効能が同じものがあれば安いものを買うなどして工夫するはずです。薬だけ値段にこだわらないのはおかしな話です」
そうした傾向は、1980年代に加速したと医療経済ジャーナリストの室井一辰さんは指摘する。
「1980年前後に高齢者の自己負担無料の時代がやって来て、その後、多少の自己負担は求められたものの抗生物質から解熱剤、湿布やビタミン剤までタダ同然で処方されました。この時期に日本人は薬漬けになってしまったといえます」
※女性セブン2019年5月23日号