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認知症の女性、外出時にかたくなに厚底靴を履く理由

認知症母がかたくなに厚底靴を履く理由(写真/アフロ)

 父の急死によって、認知症の母(84才)を支える立場となった女性セブンのN記者(55才)が、介護の日々を綴る。

 * * *
 母は認知症が顕著になってから、靴を決まった1足しか履かなくなった。お気に入りなのか、無頓着になったのかは定かではない。父の葬儀前日の混乱した中で買った厚底で歩きにくそうな靴。それでも母は、どこにでも履いて行く。

 母は140cmと背も小さいが、足のサイズも21.5cmと子供並み。靴店でもなかなか合う靴がなくて、若いころから苦労していたようだ。

 そして足にはよくタコを作っていた。夜、風呂上がりに足の裏を持ち上げ、カミソリで削り落とす。普段はわりと女らしい母だったので、その光景が何やら恐ろしく、子供心に焼きついたものだ。

 そんな母が、父の急死で私の家に滞在したときのことだ。葬儀の準備で実家に喪服を取りに行くと、靴箱にある黒い靴がどれもヨレヨレだった。

 父が息を引き取ってから呆然自失の母だったが、翌日の葬儀では喪主を務める。せめて見栄えだけでもバリッとさせたい。急きょ、靴を新調しようと思い立ち、近所の靴店ヘ母を連れて行った。葬儀のときだけだ、多少サイズが合わなくても別にいいし…と、それらしい黒靴をいくつか母の前に並べたのだが、母はそれらには目もくれず、自ら手に取ったのはピカピカ光ったエナメル革の靴。シニアには不向きな厚底のタウンシューズだ。

「ねぇ、お葬式で履くんだよ。ピカピカはまずいでしょ」

 と、私が苛立って言い放つと「葬式? そうなの? でもこれがいいわ」と、ぼんやりしながらも意思は固い。

 憔悴しきった母が派手な靴を選ぶのは、狂気のようでもあるが復活の兆しのようでもあり、その靴を購入した。

◆本人しかわからない“履きいい”感じ

 父の葬儀の後、母は1年余りの独居を経て、今のサ高住に移った。引っ越しのとき、自宅の大量の荷物の中から、服と靴だけはなんとか母に選ばせた。パンプスやスニーカー、夏のサンダルなど、母が長年履き慣れたはずの靴が新居の靴箱に並んだのだが、このころから母は決まった一足しか履かなくなった。それが、葬儀前日に買った厚底靴だ。

 サ高住での生活は、自室以外、建物内の食堂なども外履き。進んで散歩もする母は多くの時間を靴で過ごすが、履くのは必ずあの厚底靴。外出に誘うとき、歩きやすそうなスニーカーを玄関に出しておいても、かたくなに厚底靴を履く。

 認知症の母を決して否定しないかかりつけ医が、

「Mさん(母)、よく歩いているようでとてもいいですね。でも靴のヒールが少し高くない?」と、心配を口にすると、

「これ、とても履きいいのよ。もう何十年も履き慣れているんですもの」と、母は珍しく語気を荒げた。後でこっそり、

「あの靴、いちばん最近、しかも急いでテキトーに買ったんです。厚底、危ないですよね、どうしよう」と愚痴ると、

「靴の履き心地は本人にしかわからないのよね。でも認知症の人にとって、身につけるものの安心感は大事。転ばないように気をつけてあげて」

 厚底靴を買ってから6年。最近、気づいたのだが、母が歩くと靴からかかとが浮き、ガボッ、バフッと妙な音が鳴る。足がやせたのだろうか。

「そろそろ靴、買い替えようか?」と、恐る恐る聞くと、「そうね」と意外に前向きだ。

 今度は母の選んだ靴を色違いで2足買うことにしよう。

※女性セブン2019年5月30日号

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