平成最後の日に行った「地下アイドル」姫乃たまとしてのラストライブから

平成最後の日に行った「地下アイドル」姫乃たまとしてのラストライブから

◆転機となった小金井ストーカー刺傷事件とガチ恋問題

 2016年、小金井市でストーカー刺傷事件が発生した際に、被害者の女性が地下アイドルであるという誤った報道がされました。地下アイドルとファンを糾弾する報道は一向に終わる気配を見せません。私はこれまで書いてきた文章の責任を負うために、全ての取材依頼を承諾しました。誤った情報を訂正して、地下アイドルとファンへの偏見を変えられる機会だと思ったのです。

 ネガティブな発言が撮れるまで帰らない報道陣と張り合う日々がしばらく続きました。編集によって発言の意図が歪められた放送を見るたびに、遣る瀬無い気持ちと精神的な疲労が重なり、次第に私の中でふたつの問題が生じます。

 ひとつは問題に取り組むことで活動内容が地下アイドルから遠ざかりつつあるのに、マスメディアでは地下アイドル代表のように取り上げられる肩身の狭さ。ふたつめは地下アイドルファンについてネガティブな発言ができない立場になって、自分のファンに関する問題を話せないまま恐怖心を膨らませてしまったことです。

 この頃、すでに活動を始めて7年が経って初めて「ガチ恋」と呼ばれるファンが現れました。「ガチ恋」とは、アイドルに対してファンが本気で恋をしてしまうことを指します。もともとファンがアイドルに抱く感情は恋に近い楽しさがあります。しかし、実際に交際しようとして迷惑をかけたり、うまくいかなくて病んでしまったり、欲求がコントロールできなくなってしまったファンを「ガチ恋」と呼んでいます。

 アイドル活動ではガチ恋ファンにまつわる悩みはつきものです。ファンの恋のように純粋な応援は、恋愛と同じようにトラブルに発展しやすい感情でもあるからです。これまで周囲では、拗れたファンが思いとどまって気持ちを上手に解消できた例もありますが、思い詰めたファンが独占欲を満たすために、アイドルを引退に追い込んだこともありました。自分に現れた「ガチ恋」ファンの行動は予測がつかなくて、私はもう、ステージで歌うことができなくなるかもしれない。恐怖に追い詰められる時間が、だんだんと増えていました。

「ガチ恋」ファンに対する解決策が見出せず黙ったまま、凄惨な事件へのショックも重なって、活動を辞める寸前まで精神的に追い込まれたていったのです。これまでは「いつまで地下アイドル続けるんだろう」とぼんやり思っていましたが、その時が現実に見えたことで初めて、「辞める時は誰かのせいではなく自分の意思で辞めたい」と卒業を意識するようになりました。

 以上のことが、私が地下アイドルの看板を下さなければいけないと思った経緯です。

 しかし、実際に地下アイドルの看板を下ろすと宣言したきっかけは、私がつくり上げてきたファンコミュニティに理由がありました。

 これまで書いてきたことは地下アイドルとして働く上での責任みたいな公の話ですが、実際のきっかけは私とファンとの内部事情によるものなのです。

◆ファンコミュニティ内部で繰り返された恋愛トラブル

 先に、アイドルとなって7年経って初めてガチ恋ファンが現れたと書いたように、私のファンコミュニティは基本的に平和で、ファンとも親戚のように仲が良いので、長らく何の心配もせずに活動してきました。辛い時期も地下アイドルとしての仕事を全うできたのは、自分のファンを誇りに思っていたからです。

 地下アイドルの肩書きには恋愛禁止という暗黙のルールが含まれています。そのことに特に疑問を抱いたことはなかったのですが、私がアイドルだと名乗り続けてきたことが、ファンに「告白してはいけない」という気遣いをさせて、彼らのコミュニケーションの成長を止めてしまっていたのだと反省しました。その未成熟さが、コミュニティ内部で恋愛トラブルが続発という形で現れてしまいました。

 ここ数年、私の周囲には若い女性ファンも増えていました。しかし、ファンコミュニティのメイン層であるオタク気質の中年男性と、精神的に不安定な若い女の子という組み合わせは、非常に悪い状態を生み出しやすいものだったのです。どちらも地下アイドルのファンとしては珍しくない性質なので、完全に油断していました。

 あくまで男女共にコミュニティのごく一部の人に過ぎないのですが、コアなファンほどトラブルを起こすようになってきたため、徐々に見過ごせなくなってしまいました。卒業を決めた一番の理由は、付き合いが長く、信頼していたファンほど大人気ない言動が目立つようになってきたからです。

 ファンの鑑だと思えるプロフェッショナルなオタクほど、身近な女の子に対して不器用で積極的なコミュニケーションをとるものだと知りました。急に恋に落ちたり、唐突なアプローチをしたり。同じ地下アイドルのファン同士という仲間意識があるから親しくしている女の子に、突然、恋の親密さで接するのです。当然、うまくいかないので、男性は精神的に病んでしまいます。

 特に地下アイドルに対してもガチ恋になりやすい熱心なファンは、女の子たちの不安定な言動に振り回されて「僕が居てあげなきゃ」と思い込みやすいようです。しかし、精神の不安定な女の子は自己評価の低さや承認欲求を原因に抱えている場合が多いので、「好き」と言われると自分の気持ちを無視したまま、相手の期待に答えなければと思い、ぎりぎりまで期待を持たせて最大限に傷つけてしまうという負のループ……。

 最初はこうしたトラブルが起きるたびに対処していましたが、何の学びもなく同じようなことが繰り返されるので、これはダメだと痛感しました。

 地下アイドルにガチ恋して気持ちを伝えられないまま拗れてしまったり、そのファンの女の子に告白して振られて病んだり、恋愛を繰り広げるコミュニティの狭さも心配です。コミュニティの外にも世界は広がっているのに、似たようなことが繰り返されるのも不安でした。

 地下アイドルの看板を下ろす宣言はコミュニティの不健全な恋愛循環を経つためにしたことでしたが、実際には、この問題と関係のないファンたちに想像以上のショックを与えたのです。肩書き変更に伴って、いつまでも同じように続くと思われていたコミュニティの存続が危いと感じ、ファン同士の結束が強くなりました。

 人見知りだったファンの人がほかの人に声をかけるようになり、私のライブじゃない日もファン同士が遊ぶようになったのです。ファンの仲がよくなると、ライブの時も自然と盛り上がります。ひとりでいるのが好きな人も、客席の雰囲気がよくなる分には悪いことはありません。そこにメジャーデビューの知らせや、卒業公演のチケット完売など、お祝いムードが続いたことも追い風になって、宣言した日から卒業公演まで毎日が昨日よりもいい日でした。

 いままでずっと、私が仕事を辞めたらファンの人たちがどうなるのか心配だったので、私を介して友人を見つけてくれたことが嬉しいです。私自身も元地下アイドルになってからは、ファンというよりも人間同士として接している感覚があります。

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