◆初めての「出禁通告」と生誕委員会の発足禁止
卒業公演のアフターパーティーで、初めてお客さんに出禁通告をしなければいけない場面に直面しました。元地下アイドルになって最初の仕事です。机を強く叩きつけてスタッフを恫喝するという猶予のない状況だったので、その場で出て行ってもらうしかありませんでした。そして、「出禁です」と、今後、私のライブやイベントには入場できないことを告げました。
「出禁」とは、文字通り出入りを禁じることを指します。アイドルのライブや物販で明らかな迷惑行為を行う人に対して、出演ライブやイベントへの出禁を宣言するのは珍しいことではありません。ただし、アイドル自身が通告するのは逆恨みされる危険性が高いため、通常は運営やマネージャーが告げます。私はフリーランスで代わりに対処してくれる人がいないこともあって、「ガチ恋」ファンも含めて地下アイドルだったときには一度も出禁通告をしたことはありませんでした。
これまでのトラブルは私が察知できる範囲でしか起こっていませんでしたが、元地下アイドルになった途端、初めてファンの人たち自身がファンが起こしたトラブルを目の当たりにしました。これによって逆に、ファンの人たちが、これから新しくなっていくコミュニティを守ろうと思ってくれたようです。そのために有効な防御が、楽しく過ごすことだと私たちは知っています。
これまで私は「ファンに平等に」という気持ちから、先のような手のかかるファンのほうを気にかけていて、自分で楽しみを見つけられる自立したファンの人たちは申し訳ないけれどほったらかしにしてしまう場面が多く、逆に平等にできていませんでした。そして今では、いままで自分がファンに対して幼稚園の先生みたいな接し方をしていたせいで、コアなファンを子供に戻してコミュニティを不安定にさせてしまっていたんだと反省しています。
地下アイドルの看板を下ろしてから「ファンに平等に」しなくてもいいやと思うようになったことで、誰かが魅力的な振る舞いをしたらみんなの前でも素直に楽しさを態度に表すようになりました。そうすると楽しいことを好きな人たちが自然と集まってきて、以前よりも平等になっている気がします。私自身もいまが一番平和で楽しいです。
肩書きがなくなって、地下アイドルとそのファンという既存の関係性を失ったいま、私は自分を取り巻くコミュニティを個人経営の飲み屋と同じように考えています。その気軽さを伝えたいと、ツイッターで「来年から生誕委員会の発足を禁止します。各々好きに過ごしましょう。」と呼びかけました。
アイドルの誕生月に開催されるイベントは「生誕祭」と呼ばれて、一年でもっとも盛り上がりが求められます。ファンは「生誕委員会」を自主的に発足し、お祝いメッセージカードを集めたり、特別デザインのフラワースタンドを用意したり、色をそろえたサイリウムやうちわを会場で配って客席の雰囲気を盛り上げたり、様々な企画を準備します。一方で最近は、委員会への参加がファン同士のお付き合いのようになっていて、こだわりが強い一部のファンたちによるプロジェクト進行で、人間関係に疲れてしまうことも少なくないようです。
私は2月生まれなので、今年も生誕委員会が結成されて、様々な形でお祝いしていただきました。しかし、せっかく地下アイドルから卒業したので、これからはもっと気楽に「自主的に」お祝い事を楽しんでほしいと思っています。
これからもステージに立って歌うことは続けますが(地下アイドルだったときよりも徐々に回数は減っていきますが……)、ファンの人たちは飲み屋みたいな感覚で気が向いた時だけ遊びに来たらいいし、距離を置いても大丈夫。友人と賑やかに飲んでも、ひとりで黙って飲んでも、お酒が飲めないけど雰囲気が好きだからジュースを飲んでる人も、誰でも大歓迎。
でも唯一、楽しい気分で居られない人はダメです。憂さ晴らしに飲みに来るのは構わないけど、多少和らいだ気持ちで帰ってほしいし、最終的に自分の機嫌を取れるのは自分しかいないからです。そして自分の機嫌を自分で取れる人が大人だと思います。アイドルは元気を与えてくれますが、最後に自分を幸せにできるのは自分だけだからです。
私は元地下アイドルになって、これからも元ファンの人たちと生きていきます。傍目にはこれまでとあまり変わらないように見えるかもしれませんが、私たちは地下アイドルとファンという既存の関係を失って、新しいコミュニティを作っている途中です。元ファンの人たちとつくるコミュニティが、幸せになるための活力を養える場所になったらいいと思っています。で、最終的には本当に飲み屋ができたら嬉しい……。
■撮影:なかむらしんたろう
●ひめの・たま/1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャーデビュー。2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。以降、ライブイベントへの出演を中心に文筆業を営んでいる。音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。