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2019.07.18 07:00  週刊ポスト

ミッチーが総理になっていたら失われた20年はなかったか

政治のプロが選ぶ「総理になってほしかった政治家」

 しかし、伊東氏は、「本の表紙を変えても、中身が変わらなくては駄目だ」と総理就任を固辞した。

 この事件ではもう1人、将来を嘱望されていた総理候補が消えた。藤波孝生氏(5位)だ。政治ジャーナリストの田中良紹氏は日本社会の転換点だったと指摘する。

「当時は“竹下の次は安倍晋太郎、その次は藤波”というのが既定路線。その頃自民党の主流派はヨーロッパ型の社会福祉国家を目指していました。ところがリクルート事件で当時の主流派がごっそり失脚し、その後は結果的に小泉らのアメリカ型の競争社会を作る方向に向かった。藤波さんが失脚したのは惜しまれます」

 次に日本の政治が大きな岐路を迎えたのは、政治改革(小選挙区制の導入)をめぐる党内対立で海部内閣が退陣した後の総裁選(1991年)だった。折しも、日本経済はバブル崩壊で急速に悪化していた。松田喬和・毎日新聞特別顧問が語る。

「私が思い出すのは渡辺美智雄氏(4位)です。田中角栄と同じように、庶民派ながら構造改革を伴う大胆な政策提言を行ない、それを国民に分かりやすい言葉で伝えることができる稀有な政治家でした。当時強力な力を持っていた医師会、農協など利権団体にも真っ向からぶつかっていた」

 渡辺氏は学徒出陣から復員後、行商で身を立てた苦労人で“ミッチー”の愛称で親しまれたが、総裁選で宮沢氏に敗れた。山口敏夫・元労相は、「ミッチーならバブル崩壊の被害は小さかった」と見る。

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