これらの七篇と趣を異にするのが最初と最後の二篇だ。「モンスーン」は、子を亡くした夫婦の間に吹き巡る風を描いているとも言える。風向きはいつどちらに変わるかわからない。ある日なにげなく開けたバーの扉が、決定打になるかもしれないのだ。「少年易老」は難病で死にゆく工場経営者の家族の情景が級友によって語られる。しかしある時、彼があることをした(しなかった)のを境に、語り手もその「絵」の中に入りこんでしまう。ベラスケスの「女官たち」のように。
作者は言う。「不幸と傷が、不安と疑心が、私に小説を書かせる力となる」と。「幸福とは閉ざされた箱庭のようなもの。そこに物語は生まれ得ない」というある作家の言葉を思いだした。秋の夜長、背中をぞわぞわさせながらお読みください。
※週刊ポスト2019年10月11日号