フィクサーが日本の財界で感じたこととは
柳川次郎について書籍『殺しの柳川』(小学館)でまとめた私にとっては、許永中氏がどんな関わりを持っていたのか興味があった。
「あの人はね、私ら大阪の在日にとってエースいうんかな。一緒に北新地で飲んでるいうだけで、えらい誇りに思ったもんですわ」
私の取材にそう語り、戦後混乱期の大阪の在日社会で、その強烈な暴力性によって畏怖された柳川への敬慕の念を隠そうともしない。
同胞の先輩をそう慕う一方で、自叙伝では表の政財界の紳士たちの身勝手ぶりを容赦なく暴く。そのひとつが、西武百貨店を経営するセゾングループの会長だった堤清二から受けた仕打ちだ。
フィクサーとして知られた福本邦雄の紹介で知り合った西武百貨店の社長から、京都銀行の大株主になりたいという堤の願望を聞かされた許永中氏は、京都の山段芳春らと相談しながら、京都銀行側の同意を取りつけ、堤が株を買い取るとの話をまとめた。
事件が起こったのは、現金の受け渡しの日である。福本が言うに、堤がこの取引をなかったことにしようと言ってきたという。一方的な話に烈火のごとく怒る許永中氏に、福本は堤の掌返しの真相をこう明かした。
〈私のただならぬ気配に、隠しようがないと思ったのか、福本さんは苦々しい表情を浮かべながら、観念したように口を開いた。
「本当に貴方には言いにくいことなんだが、原因は貴方なんだ」
「私ですか?」
「いや、貴方そのものがということじゃないんだが、貴方のことなんだ」
悲嘆と怒りに震えるなかで、どこか既視感もあった。東京へ出てきて以降、一度ならずこのような感情を覚えたものだ。要所要所で、私の出自やこれまでの生き方が壁となって立ちはだかる〉(『海峡に立つ』より。以下〈〉内同じ)