小児外科医の松永正訓さん(撮影/浅野剛)
「手術で命が助かり、経過が順調な子について、医者は長期のケアは行いません。次の患者さんが待っているのです。しかし、患者さんにとっては一生抱えていくものだ、と椎名さんの手紙によって改めて考えさせられました。自分が先天性の疾患をもって生まれてきた意味や、親はどれだけ心配したのか。何十年たっても、すべてを忘れられるものではないのだと」
椎名が日記に書き留めたエピソードは『ヨミドクター』読者からの反響も大きかった。
その赤ちゃんは、先天性食道閉鎖症だけではなく、上唇が鼻まで裂けている、口唇口蓋裂という奇形もあった。家族はその顔を受け入れられず、手術を拒んだ。食道が閉じたまま、栄養が補給できない赤ちゃんは餓死した。
「本には『この時代にこんなことがあっていいのか』と書きました。僕が医者になったのは昭和62年。悲しい話だけれど、当時は先天性の重い病気をもって生まれてきた赤ちゃんの命を救う行為は無駄な延命であり、助ける方が残酷という考えもありました」
しかし、時代とともにそうした風潮は変わっていった。
「椎名さんは『今の時代だからこそ起こった出来事にも思える』と言う。少子化の時代、完璧な状態で生まれてくる赤ちゃんを望む親が昔より増えているのかもしれません」
※女性セブン2019年12月19日号