作家の関川夏央氏
「図書」で加藤は、幼少時代と一九六〇年代から七〇年代、明るさと不安の入り混じった時代の無名の自分について書いた。また山形県の警察官で、戦中は特別高等警察に勤務していた父親について書いた。どちらもほとんど初めてのことだ。本人が意識していたかどうかは別として、これは「晩年」の仕事である。
加藤典洋は一八年十一月、血液がんの診断を受け、連載中の一九年五月十六日に亡くなった。その平易で真率な原稿をまとめた『大きな字で書くこと』は、コンパクトな美しい本として、いま私たちの前にある。二〇一九年は加藤典洋(七十一歳一ヵ月)と橋本治(七十歳十ヵ月)、信頼すべきふたりの文学者が相次いで没した年として記憶されるだろう。
※週刊ポスト2020年1月3・10日号