ライフ

食堂のおばちゃん・山口恵以子氏、油断ならぬ新エッセイ集

山口恵以子著『いつでも母と』

【書評】『いつでも母と』/山口恵以子/小学館/1200円

【評者】内田剛
 フリーランス書店員 1969年生まれ。NPO法人本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーの1人。出版業界でベストセラーの仕掛け人として知られる。「POP王」の異名を持ち、これまでに作成したPOPの枚数はなんと5000枚以上。

【本の内容】
 本誌・女性セブン連載「母を家で看取りました。」を改題。著者が最愛の母の認知症発症から介護、自宅での看取り、そして葬儀やお墓のことまで、母娘で過ごした最期の日々をあたたかな筆致で綴ったエッセイ集。

 * * *
 畳の上では死ねない、という超高齢化のこの時代。介護本は世に溢れているが、一体何を手掛かりにしてよいか、わからない。悩めるそんな方々への朗報がこの『いつでも母と』の登場だ。この一冊は大切な人を看取るための実用的なテキストであり、愛し続ける大切さを記した精神的なバイブルともいえる。「人生には“まさか”という坂がある」「ピザは頼めば来るが“いざ”は突然やって来る」…予期せぬ出来事に躓かないための杖となるのがこの作品だ。

 著者は『月下上海』で松本清張賞を受賞された際に「食堂のおばちゃん」として各種メディアに登場。そのユニークなキャラクターで一躍時の人になった。以降もテレビ番組のコメンテイターなどで活躍されている人気作家。「食堂のおばちゃん」や「婚活食堂」シリーズなどが版を重ねる代表作である。とりわけ『恋形見』が素晴らしい! 

個人的な見解で大変恐縮だがあの世でも読みたい“棺桶本”に指定したいほど大傑作である(これが直木賞の候補にもならないのは本当に不思議…)。そんな筆力確かな山口先生の本音全開のエッセイだからこれが面白くないわけがない。率直過ぎる感情描写で、避けられない生老病死を見つめる視線は本当に人間味に溢れていて、どこまでも真っ直ぐで清々しい。

 後悔のない人生はどこにもない。しかし守るべき者のために全力を尽くし完璧でありたいからこそ後悔が生まれるのだから、むしろ後悔の積み重ねこそが人生、まさしく「人生は後悔であり航海」なのだ。先の見えない生活の中で、様々な事情でベストの対応ができずともベターを繰り返すことの大切さにこの本は気づかせてくれる。親の病や衰えに狼狽えたり、自分の感情の爆発に反省したり…上手くいったことよりも数々の失敗のエピソードが身にしみるし勉強にもなるのだ。結婚式はリハーサルが出来ても葬式はぶっつけ本番というのは言い得て妙。初めてばかりの介護の日々。ちょっとした気の緩んだ時に振り込め詐欺に狙われるなど、本当にハッとさせられる。まさに一筋縄ではいかない人生を体感できる油断ならないエッセイなのだ。

 読みながら一緒になって考えた。目の前の認知症にどう対応すべきか。家で看取るには何が必要なのか。ハプニングの合間の何でもないひと時が本当に愛おしく思えた。握り返された手の温もりを確かに感じた。山口さんのお母様を看取った気になった。山口家・母娘の絶対的な信頼に基づいた強い絆は読者の心に深く刻まれて永遠に生き続けるに違いない。そしてこれは決して他人事ではない。同じ様な体験をしている、これからする多くの人々の大いなる力となるはずだ。山口さん、これは大満足の作品です。さぞかし天国のお母様も喜んでいらっしゃることでしょう。愛情がいっぱいの素敵な一冊を本当にありがとうございます!

※女性セブン2020年3月12日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

NBAレイカーズの試合観戦に訪れた大谷翔平と真美子さん(AFP=時事)
《真美子夫人との誕生日デートが話題》大谷翔平が夫婦まるごと高い好感度を維持できるワケ「腕時計は8万円SEIKO」「誕生日プレゼントは実用性重視」  
NEWSポストセブン
被害者の村上隆一さんの自宅。死因は失血死だった
《売春させ、売り上げが落ちると制裁》宮城・柴田町男性殺害 被害者の長男の妻を頂点とした“売春・美人局グループ”の壮絶手口
NEWSポストセブン
元夫の親友と授かり再婚をした古閑美保(時事通信フォト)
女子ゴルフ・古閑美保が“元夫の親友”と授かり再婚 過去の路上ハグで“略奪愛”疑惑浮上するもきっぱり否定、けじめをつけた上で交際に発展
女性セブン
突然の「非常戒厳」は、国際社会にも衝撃を与えた
韓国・尹錫悦大統領の戒厳令は妻を守るためだったのか「占い師の囁きで大統領府移転を指示」「株価操作」「高級バッグ授受」…噴出する数々の疑惑
女性セブン
12月9日に亡くなった小倉智昭さん
小倉智昭さん、新たながんが見つかる度に口にしていた“初期対応”への後悔 「どうして膀胱を全部取るという選択をしなかったのか…」
女性セブン
六代目山口組の司忍組長。今年刊行された「山口組新報」では82歳の誕生日を祝う記事が掲載されていた
《山口組の「事始め式」》定番のカラオケで歌う曲は…平成最大の“ラブソング”を熱唱、昭和歌謡ばかりじゃないヤクザの「気になるセットリスト」
NEWSポストセブン
激痩せが心配されている高橋真麻(ブログより)
《元フジアナ・高橋真麻》「骨と皮だけ…」相次ぐ“激やせ報道”に所属事務所社長が回答「スーパー元気です」
NEWSポストセブン
無罪判決に涙を流した須藤早貴被告
《紀州のドン・ファン元妻に涙の無罪判決》「真摯に裁判を受けている感じがした」“米津玄師似”の男性裁判員が語った須藤早貴被告の印象 過去公判では被告を「質問攻め」
NEWSポストセブン
トンボをはじめとした生物分野への興味関心が強いそうだ(2023年9月、東京・港区。撮影/JMPA)
《倍率3倍を勝ち抜いた》悠仁さま「合格」の背景に“筑波チーム” 推薦書類を作成した校長も筑波大出身、筑附高に大学教員が続々
NEWSポストセブン
12月6日に急逝した中山美穂さん
《追悼》中山美穂さん、芸能界きっての酒豪だった 妹・中山忍と通っていた焼肉店店主は「健康に気を使われていて、野菜もまんべんなく召し上がっていた」
女性セブン
結婚披露宴での板野友美とヤクルト高橋奎二選手
板野友美&ヤクルト高橋奎二夫妻の結婚披露宴 村上宗隆選手や松本まりかなど豪華メンバーが大勢出席するも、AKB48“神7”は前田敦子のみ出席で再集結ならず
女性セブン
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
【入浴中の不慮の事故、沈黙守るワイルド恋人】中山美穂さん、最後の交際相手は「9歳年下」「大好きな音楽活動でわかりあえる」一緒に立つはずだったビルボード
NEWSポストセブン