〈ウディ・アレンはノベライゼーションがお嫌い〉と題した序章からしてニクい。〈映画と同じことが小説でもできるし、その逆も可能〉と公言するアレンにして、ノベライズ本は論外らしく、短編小説「売文稼業」では主人公の自称純文学作家と自称大物プロデューサーにこんな会話をさせている。
〈ノベライゼーションというのは知っとるかね〉〈映画の数字がよかったときにだな、プロデューサーがゾンビを一人雇って、映画を本にさせるということだ〉〈空港とかショッピング・モールの棚に置いてあるガラクタを見たことあるだろ〉〈ああ〉
「要はアレン自身を彷彿とさせる主人公にノベライゼーションの依頼をしようというシーンなのですが、アレンは映画『マンハッタン』でも“ノベライゼーション=現代特有の愚かしい現象”と嘆いたり、とにかく偏見が物凄いんです。
実はアメリカでは当時、『オーメン』(1976年)の小説版が700万部売れるなど、大変なノベライズブームに沸き、自身も小説を書くアレンが近親憎悪をこじらせたのも仕方ない。ただ、『売文稼業』に登場する作家が結局は仕事を引き受けたのも、〈努力次第では、ノベライゼーションが芸術の域に達することだってある〉と説得されたからで、それも真理だと私は思うんです」
〈この文芸ジャンルに集った有能な書き手たちは、想像を絶するさまざまな物理的制約のなかで、映画公開時のみならず、後世に読み継がれるような作品をも残してきた〉と本書にはある。現にディーン・クーンツ等、ノベライザー出身の大作家は多く、「才能を発掘したかったら、今読むべきはノベライゼーションとラノベです!」と波戸岡氏は話す。
日本でもノベライゼーションの歴史は意外に古く、中でもフランスの連続映画『ジゴマ』(1911年)の展開が面白い。江戸川乱歩も熱中したというこの探偵活劇を巡っては粗悪な和製映画やノベライズ本が量産され、活字との相乗効果で人気を過熱させていったという。