慶應SFCでは追跡調査を内々でしていて、エビデンスが出ています。大学名は明かせませんが、旧帝大のある大学でもAO入試で入った学生のほうが伸びるという結果が出ている。だから、大学側もAO入試で入れたいのです。ただし、定員割れで“全入”になっている大学が、無試験入学をAO入試と呼んでいる“なんちゃってAO”はまったく別の話です。そのへんを意図的に混同して、AO批判をしている人がけっこう多い。しかし、今回の学習指導要領の改正で、アクティブ・ラーニングが重視され、理数探求や総合探求が入り、国立の入試がAO・推薦に舵を切ったので、高校のAOへのスタンスも劇的に変わりました。
共通テストへの記述式導入については、採点のブレが問題になりましたが、AO入試に至っては、まったく異なる活動をしてきた高校生を比較して合否を決めるわけですから、ブレるというレベルではない。手間もかかるし、選考する側の哲学が問われてくるから、教員も必死で面接や採点に臨みます。マークシートの試験は公平公正で、かつ採点も楽かもしれませんが、公平公正さや便利さを追い求めるあまりに失われるものも多々ある。それを拾い集めるのが「入試の多様化」です。
──記述式の採点がブレるといえば、フランスの大学入試「バカロレア」は、なぜ論述オンリーなのか。
鈴木氏:私が国民教育省に行って聞いた話では、フランスでは150年くらい前までは詰め込み教育で、知識偏重の大学入試だったそうです。その頃に「こんな教育ではダメだ」という議論になって、詰め込み重視派と思考重視派の間で何十年も議論して、1890年頃に結着がつき、今の形になった。
日本の文脈に照らして言えば、日本で同じ議論が始まったのは1980年代から1990年代で、フランスから100年遅れです。国公立の上位校の二次試験は記述式が当たり前でしたが、その頃に慶應大学は入試に小論文を導入した。AO入試も同じ流れで、1990年に慶應SFCの初代学部長だった加藤寛さんが、SFCでAO入試を初めて導入した。それから15年くらいはどこも追随しなかったのですが、ご存じの通り、SFCの多くの卒業生がITベンチャーやソーシャルアウトソーシング(社会貢献的な外注事業)を立ち上げたりして、実業界に新たな風を吹き込むようになると、追随してAO入試を導入する大学が増えてきた。それで今では国公立大でも3割がAO入試を実施するようになったのです。
1990年くらいまでは、早稲田と慶應の両方受かったら、6:4くらいで早稲田に進学したものです。私が東大に入学したのは1982年で、その頃は、東大文系を落ちた人は早稲田の政経に進学する人が多かった。しかし、今は慶應の法学部政治学科が多いし、東大を蹴って慶應に進学する子もいる。だから、今の入試改革で早稲田の動きが早いのは当然です。21世紀に入ってから慶應の一人勝ちが続いたから、それを巻き返したいという思いがある。そのために早稲田はこの10年間、入試も含めて大学の改革を進めてきた。早稲田は中国人留学生を多く受け入れ、アジア人材に強い。国際教養学部という新しい学部も新設した。他大学から優秀な教授の引き抜きもしている。2020年代には再び早稲田の時代が来ると思う。現在の田中愛治総長も政治研究者としてグローバルに著名で、素晴らしいリーダーシップがある。私が言うのだから間違いない(笑)。競争にさらされているところは頑張るのです。日本にとっては、早慶が切磋琢磨することはいいことです。
他の大学も、今後、改革を始めるでしょう。国公立は記述式の導入では進んでいますが、英語4技能の導入は全然進んでいない。私立は英語民間試験の導入はそこそこ進んでいますが、記述式はまだまだです。