「まあ期待しないでくれよ、金のほうは出ないと踏んだら突っ込まないから安心してくれ」
頼もしい富田くんに打つ方は任せ、私は店内をまわることにした。3密どころではない。時間にもよるが押すな押すなの状態で、台が空くのを待つ客でひしめいている。やっとすいている場所を見つけたが、そこは漫画喫茶のようなスペースだった。パチンコ屋とはパチンコだけ打つ場所かと思ったが、なるほど漫画はパチンコ台になった作品が多い。漫画が置いてないとマニア以外はわからない作品もあるだろう。スロットはパチンコに比べて設置台数が少ないからか順番待ちの列が出入り口まで伸びていた。打っている人はさすがにゴールデンウィーク中とあって背広姿の人は少なく、ヤンキーからガテン系、学生、その辺のおっちゃんおばちゃん、ヨボヨボの老人まで年齢の幅は広い。漫画喫茶風のスペース前にある小さなバーカウンターの椅子に座って無料のコーヒーを飲む。目の前には景品交換所があり、こちらもまた列が出来ている。子沢山なのか何人も子どもを連れたおそろいのスウェット姿の夫婦が欲しがる子どもをたしなめている。子どもは換金よりゲームやおもちゃの現物なのだろう。家族仲良く憲法記念日にパチンコ屋、他意は無いが人様はそれぞれだ。
「新型コロナウイルスによる、外出の自粛が、要請されています──」
店外に出てみると、どこからともなく防災行政無線が放送されていた。パチンコ屋の大混雑の只中にいるとむなしい響きに聞こえる。夕方近くなっても後から後から客は入ってくる。報道陣は東松戸にはいたが、野田には午前中くらいしか見なかった。何のトラブルもなく堂々と営業して商売大繁盛、これでは欲しい画は撮れないだろう。
「噂を聞きつけてね、出玉は期待してないよ。打ちたいんだ、まあ趣味みたいなもんだね」
外の喫煙スペース周辺にいる人となんとなく話してみる。みな普通の人だ。会社がずっと休みだから、家にいても暇だから、パチンコが好きだから、刺激的でいかにもネットの自粛警察が喜びそうな話はしない。それはそうだろう、野田市内、この16号線を埼玉方面に行った先のお値段以上なインテリア店で聞いても答えは同じだ。パチンコ屋と同じくらい混雑していた。家族連れだらけでちょっとしたレジャーランドだ。その途中、市役所側に入った方向にある巨大おもちゃ屋もそうだった。もうすぐこどもの日、かき入れ時に休むわけがない。みながみな、自分の都合で動き、自分の都合で商いをする。日本人がどうとか外国ではどうとかではなく、それぞれ立場が変われば人間そんなものだ。
「おい見ろよ出ちゃったよ、金無駄にしないで済んだな」
戻ってみると富田くんの台がビカビカ光りまくって見知ったアニメの名場面が再現されていた。どうやらフィーバーのようだ。こんな店では出ないと言っていたが、あちこち玉が積まれているところは積まれている。富田くんは嬉しそうだが困った。もう用は済んだ。ぶっちゃけ帰りたい。
「家であいつと顔つきあわせてると息詰まっちゃうし、子どもは反抗期でめんどくさいし、ちょうどよかったよ」
富田くんを誘った時も心底嬉しそうだった。私と同い年、同学年の富田くんは妻も子どももいる。彼の両親と少し離れたところに中古で家を買って住んでいる。仕事は正規工員で部品工場に勤めている。工場は減産してはいるが稼働しているので、富田くんはゴールデンウィーク空けには仕事に戻る。食うに困ることはないが贅沢はできない身、それでも妻も子どもも車も家もある。団塊ジュニアの中では十分幸せな男だ。結果的にこの年代の高卒が有利だったことは確かだが、なんだかんだ普通の家庭を持っている人が大半であり、だからこそ団塊ジュニアの持たざる者たちの怨嗟はより強いのだろう。それはこのコロナ禍でも同様だ。パチンコ好きだが、彼も中毒というわけじゃない。