この『酋長の娘』には「赤道直下マーシャル群島」という一節も出てくる。これは表現の不自由認定されていなかったが、とうとうこれもと勘違いしたのだ。表現の不自由に敏感になりすぎていた。
ところで『酋長の娘』には表現の不自由問題とはまた別の問題がある。私がこの歌を知ったのは、小学校高学年の頃だった。この中に出てくる「ラバさん」の意味が分からず「騾馬さん」かと思った。
中学に入り英語を学ぶようになって「loverさん」、すなわち恋人の意味だと分かった。酋長の娘を恋人にしたのである。
しかし、問題はまだ続く。
年頃でもありポップスに興味を持つようになった。『恋人よ、我に帰れ』もその一つだ。この「我に帰れ」って、どういう意味だろう。ボンクラ中坊同士で議論になった。恋人が遊び人の男にまどわされているが、俺のもとに帰れなのか、冷静になって正気を取り戻せなのか。両様に取れる。これはすぐに解決がついた。原題がlover, come back to meだからである。俺のもとに帰れである。
高校生になって辞書を引いていて気づいた。loverは通常男性、それも遊び人を指す場合が多い、とあった。歌の主人公は女性。彼女が遊び人の恋人に帰って来てよと呼びかけているのだ。
まだ続きがある。
じゃあ、バッハ原曲の『ラバーズコンチェルト』は、どうか。遊び人の男同士の禁断の恋なのか。いや、複数形の場合は男女の恋人同士らしい。
ともあれ「私のラバさん酋長の息子」ではないようである。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会理事。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。
※週刊ポスト2020年7月3日号