西畑さん直筆のラブレター(写真/西畑さん提供)
しかし14才になって奈良県の食堂で働き始めると、状況は一変する。
「ぼくが読み書きできないことを知った先輩が、メモを書いて買い物を言いつけるんです。それもわざわざ難しい漢字を辞書で調べて〝蝦〟と書いたりする。電話を受けるのもつらかった。メモが取れずに先輩から怒鳴られるのが惨めで布団の中で何度泣いたことか…」
店に居づらくなり、奈良や大阪の飲食店を転々とした。30才になる頃、生い立ちを理解してくれた奈良市内の寿司店の主人が温かく迎え入れてくれた。そこで脇目も振らず働き、35才のときに運命の出会いが訪れる。
「見合いをしたんです。読み書きできない自分に結婚は無縁だと諦めていましたが、紹介者の顔を立てるつもりで会ってみたら、あまりに笑顔が素敵で、一目惚れです(笑い)。皎子の方はどうやったんか聞いたことがないけれど、“かわいそうやし結婚したろ”ぐらいに思ったんかな(笑い)」
同い年の皎子さんは、タイプライターの講師を務める才女。保さんは読み書きができないと言い出せないまま、結婚から半年が過ぎた。
「ある日、回覧板のサインを求められてバレてしまった。ぼくの文字にもならん字を見たときの皎子の驚いた顔は忘れられません」
これでもう、結婚は終わった―打ちひしがれる保さんに皎子さんは優しく言った。
「一緒にがんばりましょう」
皎子さんはその日から、保さんにぴったりと寄り添い、保さんの“手”となった。
「銀行に役所、どこに行くときも一緒でした。いつか感謝の気持ちを手紙で伝えたい。だからどうしても字を書けるようになりたかったんです」
そんなある日のこと。
「仕事帰りの夜遅く、近所の中学校から自分より年上の人たちがゾロゾロ出てくるところによく出くわすことがありました。〝何をしているんだろう〟と気になっていて、あるとき思い切って声をかけると『誰でも、何才でも学べる夜間学級というのがあるんや』と言うんです。“これや!”と思いましたね」
それが奈良市立春日中学校夜間学級との出合いだった。