「もうそろそろ潮時か」と引退を決意し、「やめちゃうの? 寂しいな」と言う女の子を相手に「見せじまい」するラストには仄かな感動すら漂う。変態なのに人情噺という傑作だ。有料とはいえ配信というオープンな形式でこの噺を選んだところに百栄の心意気を見た。
百栄は6月11日にも「道楽亭ネット寄席」で『桃太郎』『お血脈』『ホームランの約束』『リアクションの家元』の4席を演じた。病床の少年を見舞ったプロ野球選手が「球団の命令でイヤイヤ来た」と言い放つ『ホームランの約束』は「ゲスな人間を演じたら日本一」な百栄の個性を堪能できる逸品。リアクション芸を日本舞踊の如く稽古する『リアクションの家元』は設定自体がバカバカしくて素敵だが、会話が京都弁なのがミソ。家元の「でけました!」「あかんな」等の可笑しさがこの噺を特別なものにしている。
これは前回と同じく配信のみだったが、この時期から道楽亭は最大18名の観客を入れつつ同時配信する落語会も織り交ぜるようになった。このハイブリッドな方式はコロナ後もビジネスモデルとして残りそうだ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号