誰でも知ってる主役をやっても仕事がないこともある

「コロナでライブハウスもこの状態でしょう? だから私が何とかしないと」

 いま同棲する彼氏は年下のイケメン。ミュージシャンらしいが詳しいことは教えてくれなかった。しかし彼女がいまも夜の街のサービス業で働く理由は十分わかった。

「(モモさんが働く店に)コロナで若くてかわいい子ばっかり来るから私なんてヤバいです。地下アイドルの子とか本当にかわいいし、声優になりたてって子もいます。あんな子たちに勝てないですよ、そんな特別な子じゃなくても、普通の子でもかわいい子ばっかりお店に入ります。声優どころか、この仕事すらいつまで出来るかわかりません」

 お店にはかつてのモモさんがいる。コロナ禍でさらに増えたかもしれない。大学や福祉のセンセが口先だけの綺麗事でスティグマ化しても変わらない現実だ。

「上崎さんの現場楽しかったです。また一緒にやりたいです」

 そんな彼女、つらい話の最中も私に嬉しいことを言ってくれる。私の健康にも気遣ったりしてくれる。上辺だけでない、優しい女性なのはいまも変わらない。この優しさもネックだったのかもしれないが、私は共に仕事をしていた時代からずっと、そんな彼女を尊敬していた。どんな現場でも真剣で、どんなギリギリの台本でも一発で決める。演技の幅は狭かったが、そのルックス込みで凄い声優になると思っていた。彼女自身もそう思っていただろう。現役時代から声の仕事以外のサービス業でも働き、その職場も転々とする彼女だったが、若くして大胆、裏名でどんなハードなアダルト作品の声もこなせるプロの声優だった。

「このコロナで厳しいですけど、また舞台やりたいです」

 彼女は舞台女優でもある。小さな劇団で何度か客演する姿を招待席で見たことがある。確かに大きなテレビアニメの舞台で魔法のバトンも呪文も唱えられなかったかもしれないが、一生役者である彼女の魔法は解けないのかもしれない。演じる人とはそういうものだ。

 モモさんとは今後も会う約束をして別れた。またこの記事そのものも再会後、昔話の流れで彼女自身が提案してくれたものだ。いまの連絡先は交換したので、今後も機会があったらより突っ込んだ話をしてもらうかもしれない。

「声優って本当に厳しい世界です。私はちょっと特殊かもしれないけど、人気があっても一瞬で転落しちゃうし、演技がどんなに上手でも人気が出るとは限りません。誰でも知ってる作品の主役をやったって、次の年には仕事がないなんてこともあります。いまって私の時代よりもっと厳しいんじゃないかな、大げさじゃなくって地獄は覚悟しないと」

 決して告発とかではなく、声優業界という本当に厳しい世界を目指そうとしている子たちに知ってほしいというのが彼女の希望だ。作品や事務所、相手によっては枕営業だってある。冒頭にも書いたが2000年代に大手事務所を巻き込んだ騒動もあったが、うやむやとなった。真相は知っているがいまほじくり返すと逆にファンから非難を受けそうだ。もちろんモモさんもプロデューサーと枕くらいしたことがある。それもある意味、モチベーションに繋がったのかも知れないし、性的にタガの外れてしまった部分であったのかもしれない。時代、そして若かったと言えばそれまでだが ―― そんな闇を経験しないままスターシステムに守られてトップアイドル声優になる子もいるが、それこそ選ばれし「魔法少女」だろう。ほとんどはモモさんの言うように魔法の呪文も変身の台詞も言えないまま、闇落ちエンドで消えてゆく。いや、地獄すら見ないまま、ただ人生を消費して諦めるのが大半か。

「声が声なんで(お店の)お客さんにそういうキャラでって言われることがあります。ノリノリでやりますけど」

 当時そのまま、愛らしくおどけて笑うモモさん。アイドル声優、ある意味なんて残酷な魔法なのだろう――。

●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集長を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。

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