日本の男の人、もっと紳士になるべき
将来は大好きな日本のアニメをもっとベトナムに紹介したいというホアさん、ほとんどの日本にいる留学生の本音がアメリカやEUの西側先進国に行きたかったのに、という現実を鑑みればありがたい話である。それなのにホアさんには本当に申し訳なく思う。運悪くコロナ禍に失策を続ける日本に来てしまい、あまつさえコロナより恐ろしいホアさん命名の「アニメおじさん」(ホアさんはバカにしているわけではなく純粋にそのまま呼んでいるだけ)につきまとわれてしまった。おじさんは娘ほど年の離れたホアさんに恋をしてしまったのか。ホアさんは黒髪に大きな瞳にきりりとした太眉で月の砂漠のお姫さまのよう。魅力的なのは間違いないが、こんな理不尽な目に遭う道理はない。こんな目に遭って日本を嫌いにならなければいいが。
「アニメイトある。日本好き」
なるほどありがとう。どうか存分にクールジャパンを満喫して、日本語をたくさん覚えて欲しい。がんばってN2(日本語能力検定のレベル。5段階でN2は上から2番め、まともな大学の正科生になるにはこのあたりが求められる)を取得したいとホアさん自身もやる気満々だ。嫌なことを話してもらったが、いま彼女は別の地域で働いている(業種は書かない)。できればメイドカフェにも挑戦したいとのことで、この愛らしい容姿ならきっと制服も似合うだろう。それにホアさんは英語ができる。インバウンドが冷え込んでいるとはいえ、接客業で英語ができる日本人、それも女の子は少ない(これもどうかと思うが)わけで、日本語さえ上達すれば大きな武器になるだろう。
「日本の男の人、もっと紳士になるべき」
すいませんごもっともです。私があやまるとホアさんは同席した日本人の女の子と一緒に屈託なく笑う。そう、この取材、ちゃんとホアさんの友達の日本人女子が2人も同席しているのでご安心を。取材を終えてしばらくするとベディヴィエールだの宇髄さんだの、イケメンキャラクター談義が始まった。もう私のようなおじさんの居場所はない。盛り上がる3人を置いて失礼した。なるほど見知らぬ異国で奮闘するホアさんを救っているのは日本のアニメ文化とその仲間たちだ。クールジャパンは日本が誇る有名無名のクリエイターたちが何十年もかけて積み上げたもの。知的財産戦略本部なんぞで作られるものではないということか。
ホアさんの被害は特殊な例ではない。じつは取材の過程で他の女子留学生にも同様の被害の声があった。誘いやつきまといどころか酷い事例では金額(売春婦扱い)を聞かれた女の子もいた。それも決まってやらかす連中は若い男の子ではなくおっさんやお爺ちゃんであった。1980年頃にアジア各国から日本へ来ていた「ジャパゆきさん」のイメージそのままに老いた昭和脳の日本人男性なのだろうか。いや、日本人の女子店員にも被害者はいるので、単に女性を性的に軽んじたまま老いた日本人男性ということなのだろう。上司が一般職の女の子のお尻にタッチなんて化石のような文化など、もう冗談ではすまされない社会なのに。
もちろんクレームや客の嫌がらせが一部の不逞の輩のせいでしかないことは論を俟たないが、「お客さまは神さま」という日本人の美徳とされてきた1点に限れば、これを外国人にまで郷に従えと強制するのはあまりにかわいそうだし、行き過ぎた神接客はやめてもよいのではないだろうか。接客業は男女問わずこの「神さま」に疲弊している。国際化の中、ましてやアフターコロナを見据えた時代の転換期に於いて、日本のあたりまえが通じなくなってきていることを実感する。日本人だけでは国家が維持できないのであるなら、それは日本人同士の予定調和と「空気を読め」という悪習そのものを見直す良い機会なのかもしれない。古来、日本の外来文化の受け入れ力こそ日本の強みなのだから。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。