おじさんの家に行こうって言われました、怖い
細かい部分は英語で補ってもらうことにしたが、ホアさんいわく、その男は50歳とか60歳くらい(日本人は若く見えるのでわからないとのこと)でお爺ちゃんという感じではない。レジに来ては「釣りの渡し方が駄目」「挨拶がなってない」「スプーンが違う」と、ホアさんの接客にダメ出しをしたという。ホアさんも日本に来て間もなく、また相手が目上ということもあって素直に笑顔で「ごめんなさい、ありがとう」と応じていたがやがてエスカレート、「日本のことを教えてあげよう」「日本語を教えてあげよう」とあれこれちょっかいを出してくるようになった。まだ擦れていないホアさんはこれも最初のうちは簡単な単語をフランクに交わしたりと接客のタイミング内で応対していたが、ついには日本文化を教えてあげると秋葉原に誘われたり、「いつ店は終わるの?」と聞かれるようになった。親切なおじさんなんだろうと思っていたホアさんもさすがに気味が悪くなった。
「おじさんの家に行こう、日本のアニメ見ようって言われました、怖い」
ついには帰宅途中、待ち伏せされて家に誘われたホアさんは走って逃げたという。そしてこれを機に、「お前のために言っている」とあれこれ難癖つけるクレーマーと化した。アニメを持ちかけられたのはホアさんがつい日本アニメが好きと言ってしまったこと、ちょっと作品の話をしたからだろう。おじさんは話を合わせたか、もしくは古参のオタクかもしれない。ちなみにホアさんに投げかけられた誘いの言葉、文中では「日本のアニメ」としているが男が言った作品名をホアさんが覚えていたので実際は明確である。有名なロボットアニメなのだが仮に60歳だとしてもファースト世代でありおかしくはない。それでも異国で見知らぬ客のおっさんが俺の部屋でアニメ鑑賞をしようと誘ってくるわけで、微笑ましい文化交流というより単なるホラーである。しかしホアさん、そういうのは勘弁だがクレームに関しては仕方ないという。
「日本でお客さまは神さまです。日本では仕方ないです」
日本の文化をよく知っているホアさん、彼女なりに順応しているが、こうなると「おもてなし」文化もかわいそうでしかない。
「でも、クレームより困ることされました」
ホアさんは困った顔で言葉に詰まる。綺麗な黒目を左右に散らせて、より小声にしてうつむき加減にこぼす。
「悪い本でいじめします。あれ困ります」