再び、『渡辺錠太郎伝』著者・岩井氏が解説する。
「渡辺が語る敗戦国の実情は、それが実際に見た光景であるだけに、具体的で実感がこもっています。祖国のために命をかけて戦った軍人が、戦後みじめな境遇に置かれていた状況など、渡辺も同じく軍職にある身としては相当なショックだっただろうと思われます。この後、渡辺はドイツでは配給も不足している様を具体的な数字で示し、さらに部屋が余っている家に政府が強制的に家のない者を住まわせるなどの措置をとっていることを紹介した上で、さらに戦争の悲惨さを強調していきます」
それでも「戦争の絶滅」は不可能
〈戦争の犠牲のいかに悲惨なものであるかということは、今申したことでだいたい判断がつくことと思いまするが、しからば、負けたものだけがかくのごとく悲惨な状態にあるのかといいますると、戦争に勝ったものもすこぶる難儀な状態にあって、それが結局、ただ今の世界不景気の原因になったともいわれております。あるいは、敗戦の結果、ドイツ、オーストリア、トルコのごときは革命が起こり、社会の秩序はみだれ、道徳は地に委(い)する[捨てられる]。実に有形無形の損害は、口でも筆でもこれを現わすことができない程度になっておったのでございます。
この悲惨な状態を見て、一時に戦争の忌むべきもの、戦争は悪いものという観念が高まりまして、その結果が、あるいは国際連盟となり、あるいは不戦条約となり、あるいは軍縮会議となって、世界各国の為政者ならびに学者等が戦争の絶滅もしくは制限ということに非常に骨を折られ、また現在も骨を折りつつあるのでございます。
しかしながら、これらのいろいろの連盟や条約やらも、戦争をある程度まで制限することはできまするが、絶対に絶滅することは不可能だといわれており、また不可能であるのでございます。すなわち、戦争が善いか悪いかということは議論でござりまするが、戦争が実際にあるということは事実でござります〉
現場を見てきた人間だけが身をもって感じることのできる現実がここにはあるようだ。
「渡辺は、戦争の悲惨さについて十分に理解しており、それが敗戦国のみならず、戦勝国にまで後遺症を与えるということもきちんと伝えています。悲惨な戦争を経験した結果として、人々の厭戦気分は高揚し、世界中の学者や政治家が戦争の撲滅を目指して苦労している。『戦争がなくなれば』という思いは、渡辺も同じだっただろうと思われます」(岩井氏)