──世界に目を転じると、中国の覇権主義がますます進んでいるように見受けられる。
中林:トランプ政権は貿易不均衡という通商の問題で中国に揺さぶりをかけるのと同時に、安全保障の面でも大きな方向転換をしました。従来のアメリカは、他国の領有権問題には介入しないという態度をとってきたのですが、ポンペオ国務長官は今年7月13日の声明で、中国が南シナ海で主張する独自の境界線「九段線」を無効であるとした常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の判決を支持し、さらに中国の動きを違法であると明言しました。アメリカと中国の冷戦状態は始まって久しいですが、一段と緊迫したフェーズに入ったと見てよいと思います。
では、民主党のバイデン氏が大統領になったらこの緊張状態が緩和するかといえば、そうも言えません。というのは、連邦議会の中で対中強硬論が根強いからです。2019年から2020年にかけて、中国の利益に与した個人や金融機関への制裁を可能にする法律として「香港・人権民主主義法」「香港自治法」「ウイグル人権法」が成立しましたが、これらはほぼ全会一致で可決しています。つまり、民主党の議員も賛成しているわけで、こうした議会のプレッシャーから容易に方向転換するわけにはいかないでしょう。
──となると、中国と近接する日本の安全保障も緊迫しておかしくない。菅政権が誕生したが、日米中の関係はどう展開していくのか。
中林:菅首相、トランプ大統領ともに「『自由で開かれたインド太平洋構想』を追求する」と明言し、日米同盟を堅持していく姿勢を見せています。ただ、ひとつ気がかりなのが菅政権誕生のプロセスです。安倍前政権は民主党からの政権奪還の過程で出来上がりましたが、菅政権の場合は二階俊博・自民党幹事長の後ろ盾があって成立しました。ご存じのとおり、二階氏は親中派の代表的人物です。それが日米関係に影響しないわけがありません。中国がその隙に乗じて日本に強硬な策をとってくる可能性も否定できません。しかも、アメリカは現在、新型コロナ収束には程遠く、再燃の兆候も出てきています。経済格差と政治的分断も進む一方です。経済においてアメリカは依然として世界一の力を持っていますが、短期的な視点で見ると、中国は共産党の力が憲法よりも強いだけに、何をしでかすか分からないという怖さがあります。
──バイデン氏はオバマ政権時に副大統領も務めていただけに、外交に通じている。もし大統領となれば日米関係は安定するのではないか。
中林:トランプ大統領のように、駐留米軍を引き揚げる、などといった揺さぶりはかけてこないでしょう。ただ、議会や行政府そして米国民の圧力がある一方で、バイデン氏自身は習近平国家主席との関係をはじめとして中国に太いパイプを持ち、次男も中国から多額の資金を提供されているという話もあることから、もし万が一、米中二国間の対話に比重を置けば、日本が置き去りにされてしまう場合もないとはいえません(かつての日本軽視政策=ジャパン・パッシング)。民主党政権では防衛費の削減こそあれ大幅増はなさそうですので、日本が安全保障分野で果たす役割は(中国や北朝鮮の態度次第で)増していくでしょう。また、対北朝鮮問題においても、副大統領候補にも名前の挙がったスーザン・ライス氏(オバマ政権で国連大使を務めた)が、北朝鮮の核廃絶を諦め、抑止に転換するようなコメントをした過去があり、彼女がバイデン政権でどのポストに就くかも気にかかるところです。仮に重要ポストに就いた場合、日本はうかうかしている場合ではなく、率先して意思疎通と働きかけを行うべきです。