見た目以外にも、二宮が演技者として特に優れていると感じた瞬間があった。政志が26才で上京するシーンを挙げたい。上京するには少し遅めの親離れである。それまでは定職にも就かずフラフラしていることを兄になじられる政志だったが、政志の撮りたい写真のために、「消防士」や「レーサー」、「極道の妻」など、家族全員が全面的に協力してコスプレ写真を撮影する。その写真が世間の好評を博し上京に踏み切るのだ。
この時、政志の中にあるのは決意と寂しさ。二宮は、その感情の揺れ動きを“目に涙を浮かべる”という表情だけで表現している。演技のアプローチとしては、感情を言葉にしてみたり、さめざめと泣いてみたり、あるいは大げさに涙を拭ってみせる方法もあるのではないかと思う。だが、これはまだ映画の序盤シーン。役の感情を大切にしながらも、映画全体のバランスも考えなければならないシーンでもあり、そこを配慮しての演技だったのではないだろうか。俳優としてのキャリアに裏打ちされた繊細な表現が見えた瞬間だった。
二宮はこれまで、オーディションで役を勝ち取ったクリント・イーストウッド監督(90才)作の『硫黄島からの手紙』(2006年)や、派手なアクションに挑んだ『GANTZ』(2011年)、そして『検察側の罪人』と、戦争ものからアクション、サスペンスまでジャンルに囚われず幅広く演じてきた。今回の『浅田家!』では見た目やキャラクター、精神状態まで多くの“変化”を表現しており、キャリアの中で培ってきたものが結集した印象だ。
共演者の妻夫木は二宮について、「二宮さんは常に自由に羽ばたいているような人で、一緒にいるとこちらまで感情が豊かになった」とその人柄を評している。巧みな演技だけでなく、そうした人柄が作品に与えた影響も大きいだろう。「嵐」の活動休止を目前に控える二宮だが、本作がさらなる役者道への歩みの布石となるのかもしれない。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。