『流浪の月』もそうだが、蜜月を描くのが憎たらしいほどうまい彼女にかかると、友樹の遅れてきた家族関係や路子と故郷のバンド仲間〈ポチ〉の友情など、美しいものほど失われ易い不条理を本気で恨みたくなる。
「ポチのように、なんでこんな死に方せんとあかんのやろと、理由を欲しがる方が普通だと思うんです。人間、ただ死んでいくのを受け入れるのは難しすぎるし、人生の意味を捏造してでも納得したいのが人情なので。でも信士たちが残り1か月で手に入れたのも結局はありふれた幸せでしかなく、別に人を幸せにするのって大げさなものじゃないのでしょうね。
その幸せも数日後には失われ、希望も残酷さも1冊にとじこめ、最後の最後に希望が僅差で逃げ切るくらいの物語になっていたらいいなと思います」
「3ページ書くのに2か月かかった」というラストでは、心理描写を極力抑え、事物の描写に徹した。書かないことで際立つものがあったり、死が生を輝かせたり、「世の中、善いことや正しいことだけでは出来ていませんもんね」と笑う作家のシビアにして温かな目線が生きた終末譚である。
【プロフィール】
凪良ゆう(なぎら・ゆう)/滋賀県生まれ。京都在住。2006年『小説花丸』に掲載された中編「恋するエゴイスト」でデビュー。翌年『花嫁はマリッジブルー』を刊行。以降、BL小説界で幅広く活躍。2017年に非BL作品『神様のビオトープ』で注目され、2019年刊行の『流浪の月』は2020年度本屋大賞第1位に選出されベストセラーに。著書は他に『わたしの美しい庭』等。本書は初版に限り、雪絵視点によるスピンオフ短編「イスパハン」が付録に。158cm、A型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2020年11月20日号